世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.593

TPPとRCEP:地域経済統合の両輪となるか

大庭三枝

(東京理科大学 教授/国際政治学)

2016.02.15

 現在,TPP,RCEPといったアジアを舞台にしたメガFTAが注目を集めている。昨年10月,TPPは妥結し,今年2月に加盟12カ国が署名を行った。各国の批准がどうなるかはこれからの焦点ではあるが,とりあえずTPPは広域地域統合の一つの方向性を具体的に示す形となった。他方,RCEPは昨年末までに妥結予定だったのを一年先延ばししたが,これはTPPの妥結を受けて,RCEPのモダリティその他を見直す必要が生じたからだと言われる。TPPは貿易,サービス,投資などの分野での高度かつ包括的な自由化を実現させることを目指し,そのために関税撤廃のみならず原産地規制から知的財産,政府調達,競争政策に至るまでの様々な分野における先進的な共通のルール作りを試みた協定である。他方,RCEPはより穏当なレベルの自由化を実現させつつ,経済開発協力にも力を入れるとしている。

 一部の国際政治学者が強調するように,TPPとRCEPを過度に政治・安全保障上の米中の対立に結びつけ,TPPを中国包囲網だとか,RCEPは中国がそれに対抗するための道具だとかという議論を展開するのは,事実のほんの一部しか捉えていない。米中対峙をいかに強調したとて,冷戦時代のように,二つの「勢力圏」=「経済圏」に分断されている訳ではない。また,この二つはメンバーも一部重複している。アメリカの対外政策策定に関わるサークルの一部がTPPを対中牽制のための道具と見なすのは自由であるが,TPPの交渉過程を見れば,むしろ交渉参加国間の溝を埋めるのがいかに大変だったか,がよくわかる。また,中国経済は実際にアジア各国経済のみならずアメリカ経済とも深く結びついている。中国経済を排除した広域地域統合を目指すというのは少なくとも長期的観点からすればあまり現実味がない。RCEP交渉もかなり難航しており,特にインドの自由化への消極姿勢は交渉の足かせになっているようである。中国が自在に操れるような外交的道具になり得るとはとても言えない。

 他方,TPPとRCEPが生来補完的か,といわれると,それもそう簡単ではない。アジア太平洋・東アジア地域においては,かねてより,経済発展の度合いや経済社会システムが多様な国・地域によって構成されており,よって自由化やルール化の速度やレベルもそれぞれの国・地域のレベルに合わせて行うべきである,その観点からすればTPPとRCEPはそれぞれの国・地域の実情に即した地域統合の選択肢を提示しているのであり,その意味で相互補完的であるという議論もある。しかしながらこうした議論は,とりあえず今のところそのように両者を位置づけることが可能だ,というだけのことである。先ほどの話と矛盾するようだが,RCEPへ向けた動きが,TPP交渉の進展によって触発されたという経緯は無視すべきではない。アメリカを含めたTPP交渉が進んだことを受けて,それまでEAFTAかCEPEAかで争ってきた日中が「妥協」し,メンバーシップをとりあえず棚に上げて東アジアにおける広域経済圏形成で協力することで合意したのを受けて登場したのがRCEPであった。また,RCEPは,地域統合はASEAN中心で行うべきであるとするASEAN「中心性」を重視するASEAN諸国からすれば,政治的に重要である。

 では,TPPとRCEPが併存している状況をどう捉えるべきなのか。これは,前述の地域各国・地域間の多様性を反映し,いかにして,またどのような段階を踏んで地域経済統合を目指すのか,を巡る政治的ビジョンが,一つに収斂せずに,相互に刺激し合いながらもそれぞれが進展を見せていると見るべきだろう。ただ,TPPが署名された今,RCEPの存在意義を維持しながら,かつ現実的なレベルの自由化や協力を行う仕組みにいかにもっていくかが真剣に問われる状況となった。それは,将来的にはどのようにこの地域の経済統合を進めていくべきかという全体的なビジョンの検討と合わせて模索されねばならないだろう。

 日本はRCEPとTPP,両方ともに参加している。もともと,RCEPのメンバーすなわちASEAN+6での地域経済圏構想を打ち出したのは日本政府であった。また,TPPにおいて日本はアメリカと並び,その動向に大きな影響を与える世界第3の経済大国としての存在感を示している。この二つをどのようにリンクさせ,地域内の様々なコミュニティ各層にまで豊かさが行き渡るような繁栄と,それを通じたより安定的な地域秩序をもたらすか。

 「大東亜共栄圏」という負の遺産を抱えた日本は,戦後急速に経済大国化する中での各国からの警戒感もあり,「地域」単位での安定や繁栄を目指そうとする動き,すなわち地域主義の推進において抑制的な態度を取らざるを得なかった。しかしながら現在,中国の台頭によって日本への警戒心は相対化されたことで,皮肉なことに日本が地域の安定と繁栄の実現において積極的な役割を果たせる余地が以前よりも増大している。RCEPとTPPをどのように関連づけ,またRCEPをいかに日本にとってのみならず地域全体に問って望ましい形で妥結させるか。地域における日本のプレゼンスを今の状況の中で拡大させる意味でも,そのプロセスでの日本の大きな役割を果たすことが望まれる。

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