世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.744

中比関係の「伸びしろ」と危うさ

大庭三枝

(東京理科大学 教授/国際政治学)

2016.10.31

 フィリピンのドゥテルテ大統領が訪中,訪日という外交日程をこなしたこの二週間,彼の言動に世界の視線が注がれていた。少なくとも日本において,その一挙一動が大きく注目されたフィリピンの大統領はいなかったのではないか。「ドゥテルテ節」ともいえる,彼の独特の,時には強烈な罵倒を含む様々な発言の効果ともいえる。また,フィリピンの同盟国であるアメリカに対する彼の数々の「暴言」と,前アキノ政権期とは異なる対中政策にはかねてから関心が集まっており,今回の訪中,訪日で実際にどのような外交が展開されるかが注目されたのである。

 ドゥテルテ氏の訪中には,フィリピンの最大財閥であるSMインベストメンツの幹部など,三百人余りの企業関係者が同行した。このことにも現れるように,フィリピン側のこの訪中の最大の目的は経済的な実利を中国から引き出すことにあった。ドゥテルテ自身,北京に到着した時,今回の中国訪問の最大のテーマは経済であると明言していた。そして,今回の訪中の結果,フィリピンは中国から総額2.5兆円の経済支援の約束を取り付けたのである。

 この中国側の「大盤振る舞い」は南シナ海問題についてのフィリピン側の軟化を目的とする懐柔策だとする見方が一般的である。ただ,こうした政治的思惑を超えて,今回の中国の支援の約束の額の多さは,中国とフィリピンとの間の経済関係の「伸びしろ」が非常に大きいことも示唆している。フィリピンは,東南アジア諸国の中では中国経済への依存度は高くない部類に属する。また,近年の政治的関係の冷え込みを反映して,貿易も投資も停滞していた。2012年のスプラトリー事件の後,中国は植物検疫を厳格化し,事実上フィリピンからのバナナやパイナップルの輸出に強い規制をかけていた。

 ここ数年,フィリピン経済自体は好調である。JETROの9月の発表によれば,今年度第2四半期の実質GDP成長率は前年の同期との比較で7.0%,明るい見通しを見せている。そして,一部報道によれば,以前より中国との友好関係を重視するであろうことが予測されていたドゥテルテ大統領就任後,中比間の関係改善およびそれへの期待の高まりを受け,中国からの投資や観光客のフィリピンへ戻り始めているという。上記の中国の支援の約束は,こうした流れの一環であり,また中比間の経済交流を後押し役割を果たすだろう。

 しかし,ただ,このように,政治に左右される両国の経済関係はあまり安定的とは言えない。現在は中国との関係改善やそれによる経済的実利を重視するドゥテルテ政権だが,大統領のアメリカへのやや乱暴すぎる言葉遣いからすると,どこまで戦略的に外交を推進しているのかは実は不透明である。何かのきっかけで,その乱暴な物言いは中国に向けられる可能性もある。大統領自身,自分が進めようとしているのは「自主外交」と繰り返し述べており,その愛国主義的姿勢がうかがえる。今の所大統領の外交を動かしているのはフィリピンの発展を促す経済的実利であり,これも一種の愛国主義の一つの発露であろう。しかしもっと直接的に愛国主義に関わる南シナ海における領有権問題で何か変動があった際,ドゥテルテ政権の優先順位は変化するかもしれない。少なくともドゥテルテ政権が,アメリカとの同盟関係と南シナ海問題に関して軸足をどのように定めるか,はもう少し冷静にことの成り行きを観察していた方が良い気がする。そして,それらがはっきりしてくれば,両国関係の変化が地域の政治環境や経済情勢にどのようなインパクトを与えるかが見えてくるだろう。

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