世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TPPとサービス貿易
(千葉大学法政経学部 教授)
2016.03.14
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は財貿易だけでなく,サービス貿易の自由化についても規律しており,日本経済の大きな景気刺激策となることが期待されている。TPPの協定文では,世界貿易機関その他の貿易協定において見られる核となる内国民待遇,最恵国待遇,および市場アクセス,すなわち,いずれのTPP締約国も,サービス提供に対する数量制限を課してはならないこと,またサービスの提供を行うために,自国の領域に事務所若しくは関連機関を設立することや居住することを求めることができないことを原則としている。そしてTPP締約国は,これらの義務を基本的に受け入れ,一方,その措置を適用しない「非適合措置」を付属書にリストしている。
日本は,国内における電信サービス,公営競技等に係るサービス,たばこの製造,日本銀行券の製造,貨幣の製造及び販売並びに郵便サービスへの投資又はこれらに係るサービスの提供に関する措置を採用あるいは維持する権利を留保している(「郵便サービス」の定義に含まれないサービスとしては,小包,包装物,物品,ダイレクト・メール及び定期刊行物の送達が挙げられる)。また初等・中等教育に関する権利および宇宙産業の規制に関する権利についても留保している。それら以外の部門に関しては,非適合措置として,関連政府機関への登録要求および商業拠点の設置要求が多い。(ネガティブリストは,周知のとおり内閣官房の「TPP対策本部」サイトより英文およびその和訳が閲覧可能である)。
TPPにより,日本国内のサービス産業が全体としてどの程度自由化されることになるのであろうか。ここではホクマン指数(Hoekman Index)の手法を用いて日本国内のサービス自由化の度合いを資産してみる。ホクマン指数は,最も細かい個別のサービス部門ごとに「規制なし」であれば1点,「何らかの規制あり」の場合には一律0.5点,「約束せず」の場合には0点としてカウントし,産業部門ごとに単純平均して得られる指数であり,0点から1点の値を取る(満点は1点であり,内外差別の完全撤廃を指す。一方0点は内外差別の撤廃を全く約束していない状況である)。
TPPの条文の第10章(国境を越えるサービスの貿易)および第11章(金融サービス)の付属書Ⅰおよび付属書Ⅱ日本のネガティブリストを合わせてホクマン指数の算出を行ってみた。またWTOのGATS(サービス貿易一般協定)における日本の約束表中で第3モード,すなわち商業拠点の設立を通じたサービス提供についてのサービス規制も併せてホクマン指数として算出した(TPPにおいてはネガティブリスト,GATSにおいてはポジティブリストが適用されているために,TPPにおいては,「規制の言及がないサービス部門には1点を与え,GATSにおいては,言及がない部門には0点を与えて計算した)。サービス部門ごとにそれらを比較してカッコ内に掲載すると,以下のようになる。
- 1.実務サービス(TPP:0.91 GATS:0.59)
- 2.通信サービス(TPP:0.77 GATS:0.30)
- 3.建設サービス及び関連のエンジニアリングサービス(TPP:1.00 GATS:1.00)
- 4.流通サービス(TPP:1.00 GATS:0.80)
- 5.教育サービス(TPP:0.90 GATS:0.65)
- 6.環境サービス(TPP:1.00 GATS:0.94)
- 7.金融サービス(TPP:0.97 GATS:0.27)
- 8.健康に関連するサービス及び社会事業サービス(TPP:0.75 GATS:0.00)
- 9.観光サービス及び旅行に関連するサービス(TPP:1.00 GATS:0.75)
- 10.娯楽,文化及びスポーツのサービス(TPP:1.00 GATS:0.70)
- 11.運送サービス(TPP:0.82 GATS:0.29)
上の結果に見られるように,TPPによる日本国内でのサービス自由化の度合いは,GATSのそれを大きく上回っている。サービス産業は,それ自体の重要性のみならず,農業および製造業のためのサポーティング・インダストリーとしての性質もまたその重要な役割である。たとえば輸送サービスは,農産物の運搬,そして製造業企業の行う部品調達,最終組み立てに不可欠の役割を担っている。実務サービス,通信サービス,金融サービスなども製造業の活動を直接的に支えるサービスであり,TPPが日本経済のさらなるサービス自由化の推進力となっていくことを期待したい。
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