世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ビッグデータを制するものが世界を制する
(明治大学 教授)
2018.01.22
今回の記事は,前回(2017年10月9日)の続編になる。いま,世界の技術の進展は著しい。とりわけここ数年のICT分野の発展は,これまで不可能であったことを可能にしている。ICTの中でも通信技術の発達とCPU/GPUを含むコンピューターの発達が世界を激変させている。その点については,前回言及したように2017年10月末に明治大学で開催した国際ビジネス研究学会第24回全国大会の統一論題「第四次産業革命と国際ビジネス」でも集中的に取り扱ったのだが(大盛況),今回は第四次産業革命の基礎となるビッグデータとそれを制御するAIについて再考してみたい。
現在,世界で生じていることは「ビッグデータを巡る争い」と私は認識している。ここで「世界」というのは,地理的な意味での「世界」でもあるが,あらゆる産業分野や生活分野に関わる概念的な意味での「世界」でもある。つまり,我々の経済や経営,生活,思考方法まで大きく変革させているのが第四次産業革命であり,その中核になっているのがビッグデータである。
1位アップル,2位アルファベット(グーグル),3位マイクロソフト,4位アマゾン・ドット・コム,5位フェイスブック,6位テンセント,これは2017年12月末時点における株式時価総額の世界ランキングである。トップのアップルの時価総額は8688億ドル,2位のアルファベットも7294億ドルある。アリババ・グループも8位につけており,時価総額は4361億ドルある。ちなみに,日本企業で最高位に位置しているのは42位のトヨタ自動車であり,その時価総額は1891億ドルに過ぎない。株式時価総額は投資家がその企業をどのように評価しているかの表れであるが,私が指摘したいのは,上位にある企業はすべてビッグデータを収集・確保している企業であるということである。いまや,「ビッグデータを制するものが世界を制する」と投資家が判断していることの証左であろう。
ビッグデータは,あくまでただのデータであり,それを制御・活用してこそ意味がある。ビッグデータの制御に関わるのがAIであり,未来の量子コンピューターやニュロモーフィック・チップであろう。現在,世界が注目する日本のスタートアップ企業,プリファード・ネットワークスの西川徹社長・岡野原大輔副社長がファナックの「機械が機械を作る」工場を見て,「これだ」と着想を得たことはその象徴である。ファナックの工場には大量のビッグデータが収集されていた。1つの超音波センサーだけでも毎分1GBのデータを収集するが,それが1つの工場の至るところにあり,かつ世界中いたるところに工場がある。そのデータ量は莫大なものだが,ファナックはそれらを十分に活用できていなかった。西川社長らはそれらをAI活用の「エッジヘビーコンピューティング」で制御できないかと着想し,創業したばかりのスタートアップ企業を飛び出しプリファード・ネットワークスを創業した。同社に対してはトヨタ自動車も関心を寄せ追加出資も含め115億円の出資をするとともに自動運転で緊密な提携をしている(対等提携)。提携はトヨタ自動車やNTTといった日本企業のみならず,マイクロソフトやエヌビディアとも行っている。
車の自動運転は,人間の生命に関わる問題でもあるので,とりわけ正確なビッグデータ解析が必要になる。しかも,従来のコンピューターが得意としてきた「0,1」の構造データのみならず,人間や生物,信号,他車など数多くの非構造データを瞬時に解析し,ブレーキやハンドル,アクセルを制御しなければならない。通常のCPUよりもはるかにコア数が多く並列処理が得意なGPUが必要とされる所以である。また,それらのビッグデータをクラウド(サーバー)で解析しようとすると高速の通信が不可欠となる。現在の4Gが5Gに置き換わる20年代以降,自動運転のレベル3が普及するであろう。レベル4やレベル5に到達するためには,さらに10年ずつの時間が必要になるかもしれないが,エッジ・コンピューティングが可能になれば通信速度に頼らずに自己制御することも可能である。そうなると,自動運転の時期はもっと早まるかもしれない。
工場のおけるビッグデータ,すなわちIoTもこの流れにある。ファナックに限らず,機械に数多くのセンサーを取り付け,ビッグデータを収集し,それらを活用することがコスト削減やメインテナンス,品質向上などに大きく役立つ。ドイツのインダストリー4.0もジェネラル・エレクトロニクスのGE Digitalも,課題はビッグデータの収集・活用である。つまり,ビッグデータを制するものが支配権を握るのだ。中国が中国国内のビッグデータの国外流出に規制をかけているのもそのためである。
その中国においては,テンセントやアリババ・グループがビッグデータの収集・活用に余念がない。もともとはSNSとそれを活用したゲームの販売あるいはeコマースで名を上げた企業であるが,インターネット空間で活用するウィーチャット・ペイやアリペイを開発することによって,サイバー空間のみならずリアル空間にも進出してきた。滴滴出行などのタクシー手配アプリを使うにも,モバイク,Ofoなどシェア自転車を利用するにも,そのようなスマホ決済を使わざるを得ないが,さらに進んで買い物や食事,友人との割り勘にも活用されている。最近では,浮浪者がお恵みを迫る際にもスマホ決済のQRコードを提示する。このような自体になると,ネット空間のデータのみならず,日常生活の買い物行動,移動,友達関係まですべて上記2社は把握することになる。これが,彼らの利益源となるのである。
ビッグデータの収集はビジネスの世界に限られたことではない。昨年から日本でも流行したスマートスピーカーは,消費者に利便性を与えるとともに,企業に生活のビッグデータを提供している。アマゾン・エコーやグーグル・ホーム,アップル・ホームポッドなどの米国勢に加え,ラインもライン・クローバを発売している。ネットで「スマートスピーカー」を検索すると,名前も知らないようなブランドが数多く出てくる。これらは確かに商品ではあるが,単に機器として販売している企業はいずれ淘汰されるであろう。ここでも生き残るのはビッグデータを制するものであり,彼らがスマートスピーカーから収集したビッグデータに基づき,音楽や本,家電,食品,日用品もろもろのマーケティングに活用したとき,彼らの競争優位は決定的なものになる。
正直なところ,ビッグデータの収集と活用という点においては,日本企業は世界のトップから2,3周遅れている。プリファード・ネットワークスのような企業が雨後の筍のように勃興しない限り先行きは暗い。そうでなくても日本の起業率5.2%(2015年)は他国と比較しても低いのに,最先端分野で遅れをとれば日本経済にとって致命的になるだろう。
では日本企業はお先真っ暗かと言えば,私はそうは思わない。ビッグデータもAIも,フィンテックのようにサイバー空間の中だけで完結するものもあるが,多くはリアルの世界と繋がって初めて効果を発揮する。それは自動車であったり工作機械であったり,コンピューターやスマホであったり,多くは「ものづくり」に紐付いている。この分野においては,日本企業はまだある程度の競争力を有している。いち早くその「ものづくり」をAIと結びつけていけば,まだ復権の可能性はある。ソニーが新型アイボをリリースしたのも,そのような決意の表れではないか。日本企業にもっと頑張ってもらいたい。
関連記事
大石芳裕
-
[No.1676 2020.03.30 ]
-
[No.1364 2019.05.20 ]
-
[No.1166 2018.09.24 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]