世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1364

深圳:イノベーションの揺籃地

大石芳裕

(明治大学 教授)

2019.05.20

 2019年3月3日から3月8日まで,中国・深圳を訪問した。日経BP「日経トップリーダー大学」に参加されている経営者の方々が,昨年シリコンバレー調査に行かれて「深圳も凄い」と聞かれて企画されたものに同行した。主催はJCEホールディングス合同会社で(日経BP後援),同社代表の江川明音氏は一般社団法人日中企業家聯合会の会長も兼務されている。江川氏はすでに日本に帰化されているが,中国人民大学卒であり,同大学日本交友会の会長も務められている。

 深圳では,JENESISホールディングス(藤岡淳一・執行董事総経理),DENCHIコンサルティング(王鋭・パートナー,深圳事務所総経理,公認会計士),テンセント(創業者の一人が急遽の出張のため会えず,企業訪問のみ),深圳湾科創(邱道勇・創業者),深圳市企業聯合会(深圳市企業家協会,于剣・会長以下幹部の方々),DJI(企業見学と説明を受ける),華潤グループ(高振宇・運営副総監),首脳(SUNNOW)グループ(高穎・社長以下幹部の方々),深圳紅顔会(李宜平・会長以下幹部の方々と懇談&ディナー),AKDグループ(インキュベーション・センター,高級マンション,高級中古車ディーラー,ガソリンスタンド訪問),ヒサダ(久田泰・社長),BYD(李彬・渉外経理,花田晋作・BYDジャパン副社長)などを訪問した。その他,無人コンビニを体験したり,華強北電気街をかつて同所で事業を営んでいた方のガイドで散策したり,深圳湾人材公園でライトアップを観賞したり,中国の国土の形をした中国民族文化村を訪問したりした。

 主題に入る前に,深圳の1970年代以降の歴史を振り返っておこう。1953年の広深線の開通以降,深圳地区(当時の名称は宝安県)の商工業は発達し人口も増加したものの,70年代末の人口は31万人,農業と漁業が中心で,GDPも1.9億元に過ぎなかった(香港の約600分の1)。79年3月,宝安県は深圳市に昇格し,翌80年には経済特区の一つになった。そのため,外資系企業の製造業が増加し,80年代末には人口も141万人,GDPは115.6億元に急増した。筆者が80年代に訪問した会社も三洋電気(虹口)有限公司であった。ファーウェイの創業は1987年である。90年代にはBYDなどの製造業のみならずテンセントなどのサービス業も創業し,ローカルの中国平安(保険会社)や海王星辰(薬局)なども成長した。90年代末の人口は632万人,GDPは1804億元となった。00年代にはBYDやテンセントが大きく成長したほかZTEなども創業した。製造業・サービス業からハイテク産業へ成長し始めた時期である。ドローンのJDIもこの時期に創業している。00年代末の人口は995万人,GDPは8201億元となった(香港の半分)。10年代は製造業,サービス業,ハイテク産業などが中央政府・深圳市政府などの支援もあり,新たなエコシステムを形成しイノベーティブな都市に変身した。18年の人口は1500万人,GDPは2兆4221億円(香港の2兆4001億元を上回った)となり,中国国内での都市経済競争力,財政収入,上場企業時価総額合計,PCT国際特許申請数,都市住みやすさランキングで第1位となっている。平均年齢も32.5歳で全国最年少都市である。

 DENCHIコンサルティングの王鋭パートナーによれば,「深圳が中国のシリコンバレーになれる」理由には主に5つあるという。王パートナーの講演内容を参考に,深圳の強みを解き明かしていこう。

 第1に,優れた位置。中国南部にあり,南は世界への玄関口・香港と接しており,北には中国有数の大都市・広東市が控えている。さらに近隣には東莞市,恵州市,仏山市,中山市,珠海市,澳門などもあり,一大経済圏を築ける位置にある。また230kmの海岸線を持ち,市内に900カ所以上の公園があり,年間の大気「優良日」は343日を数える。仕事をする上でも住む上でも快適な環境が整えられている。

 第2に,人材である。深圳は人口1500万人と言われるが,戸籍人口は400万人程度と思われる。戸籍人口も含めて,圧倒的に外部から来た人たちで構成されている。深圳には「来了就是深圳人」(来たら皆深圳人)という有名な標語があるが,人材の流入を歓迎している(2016−2018年,全国15重点都市の人材輸入率ランキングで5位)。大学卒以上であれば,深圳の戸籍を取得するのは難しくない。かつ,大学新卒は深圳政府から年間1万5000元の住宅手当を支給される。有名企業の創業者の出身地を見ても他省が多い。ファーウェイの任正非は貴州省,テンセントの馬化騰は海南省,BYDの王伝福は安徽省,DJIの汪滔は浙江省の出身である。

 第3に,投資のエコシステムが成立している。すぐ南隣に巨大資本を有する香港もあるが,深圳内部の投資環境も整っている。深圳の民間ファンド数は4624社で,全国の18.9%を占め,広東省に限れば73.6%を占める。2015−2017年のベンチャーキャピタル投資額では全国一位である。2018年,深圳証券取引所に105社が上場し,1378億元の資金を集めた。潘昊(Eric Pan)が2008年に創業したSeeedや,潘氏とともにシリコンバレー出身のシリアル・アントレプレナー達(フランス人,イギリス人,アメリカ人など)が2011年に設立したHAXなどのアクセラレーターもある(2016年11月のJETRO-IDE参照)。

 第4に,ハードウェアおよびソフトウェアのインフラが整っている。新しく人工的に創られた都市なのでもともと道路も整備されているが,広深港高速鉄道と港珠澳大橋の全線開通により近隣地区を含めて1時間の生活圏が確保された。また製造業として発達してきた歴史もあり部品産業等の蓄積も大きく,製造業ネットワーク(クラスター)も形成されている。3000元あれば華強北電気街で全ての部品を買い集め,1時間以内にiPhoneを組み立てることができると言われている。AIや5Gなどでも中国の,いや世界の最先端を走っている。2019年5月3日付け『日本経済新聞』朝刊によれば,5G標準必須特許出願では中国が世界最大で,個別企業ではファーウェイが15.05%で首位,ZTEが11.7%で5位に入っている。世界知的所有機関(WIPO)がまとめた2018年の中国による特許国際出願件数の52%が深圳からであった(2019年4月2日付け『日本経済新聞』朝刊)。

 第5に,政策の後押しがある。周知の通り,中央政府も「互聯網+」や「大衆創業,万衆創新」,「中国製造2025」などでイノベーションを推進している。加えて,深圳市政府は,先述の人材獲得に手厚い支援をするばかりでなく,起業を促進し,イノベーションを興させる,さまざまな施策を採っている。その基本政策は「規制より,企業を成長させる不干渉政策」である。それは起業についても,金融自由化についても,労働についても同様である。市政府はまた,市内のタクシーとバスを全て電気自動車にして,クリーンな大気を確保している。そのタクシーとバスの全てを供給しているのがBYDであり,BYDの競争力の一つの源となっている。海外留学からの帰国者(「海亀族」)の創業を支援する「孔雀計画」(ノーベル賞受賞者クラスなら一人当たり300万元)もある。

 深圳の発展を説明する以上の5つの要因は,原因の全てではないにせよ,重要なポイントを指摘している。このような背景から,テンセントやBYD,DJIなどの企業の他,「孔雀計画」で創業したROYOLE や深圳青銅剣科技などに加え,BGI,Makeblock,LeMaker,NXROBOのようなスタートアップが成長している。日本も学ぶ点が多い。

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