世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
平成末期の,一億こぞっての“御上”依存症
(関西学院大学 フェロー)
2018.01.22
昨年末,共和党多数の米国議会は,トランプ政権が予て選挙公約として唱えていた減税法案を,苦心惨憺の末に成立させた。トランプ大統領にとっては,政権発足1年近くを経ての,初の大型立法の成功となる。
この立法成功のニュースを知り,最初に頭に浮んだこと,或いは,直感したこと,が三つあった。
一つは,この成功が,大統領の強引な押しがあったとはいえ,実態は,むしろ議会共和党独自の思惑に基づいての目標達成だった,と思えたこと。
二つは,議会共和党とトランプ大統領との間で,来るべき中間選挙に際し,どの様な関係が構築されるのか,への関心。
三つは,米国の保守有権者層と日本の保守有権者層との余りの違いに,思わず嘆息してしまったこと。
先ず,第一の点から説明しよう。
2018年も春先以降,米国政治には,否応なく,中間選挙の影が色濃くなってくるはず。行政府も議会も,現状,共に共和党が握っている。
そんな状況下,少なくともこれまで,同党は何の誇るべき立法実績も挙げ得ていない。だから,選挙戦本格化を前に,何が何でも共和党としての成果が必要。そんな,切羽詰まった議員心理が,今回の立法成功の根底に横たわっていたことは疑問の余地があるまい。
第二の点に移ると,減税法成立は,ひとえに,上下両院共和党が,最終局面で,一枚岩的な団結を確保出来たことに帰着する。
しかし,議会共和党内の議員たちの利害も複雑に入り混じっており,そのため,同党は,本件で党内の団結を構築するため,多くの点で,それまでの党是から逸脱する主張を取り入れざるをえなくなった。たとえば,財政赤字削減姿勢を弱めざるをえなかった等など。また,一部有権者の強い反発を招くことを承知で,減税法の中に,オバマ・ケアの一部廃止を盛り込むことで,党内調整を図らなければならなくなった。
いずれにせよ,共和党は,財政赤字は経済の健全性を損なうとの,これまでの主張を脇に置き,減税は経済成長を促すとの,かつてのレーガン流レトリックに,再び身を委ねることになったわけだ。折からの,経済の好調が,そうした判断の根拠ともなったのだろう。
米国の,リベラル・メディアの多くは,この減税法には辛口のコメントを付している。企業向け減税は恒久措置であるのに,個人向けのそれは,多くが7年間の時限措置であって,減税裨益の程度は企業の側に圧倒的に有利だ等など。
リベラル・メディアはまた,米国有権者の多くが,この減税法に批判的だとも報じるが,再選に臨む共和党議員たちにとって,何はともあれ,これで自党の古くからの主張である減税は一応達成出来たことになる。
だから,この立法で,仮に,自党支持層を離れる有権者が一部にせよあれば,そこはトランプ大統領を強烈に支持する岩盤支持層(中西部や南部の,大統領のAmerica Firstの主張に共鳴する白人・貧困労働者等)が補填してくれる。そんな期待値にも似た,心理面での貸し借り関係が,議会共和党とトランプ大統領との間で,暗黙裡に生じているようにも見えてくるわけだ(直近のトランプ大統領の「肥溜め」発言が,共和党議員側をドン引きさせなければの話だが…)。
ここで,減税法の内容に少し立ち入ってみよう。そうすると,三つ目の,米国の保守派有権者層と日本の保守派有権者層の余りの違いが浮き彫りになって来ざるをえない。
米国専門家の各種コメントによると,この減税法の成立で,連邦法人税は10年間で6600億ドル,個人所得税は,同じく10年間で1兆1300億ドル,其々減税されることになり,それに多国籍企業のグループ間取引等への増税が,同じ期間に3200億ドル賦課されるので,それらを差し引き相殺すると,減税の総額は10年間で1兆5000万ドル強になると言う。
こうした分析でのポイントは,米国の場合,たとえその裨益の度合いが,リベラル・メディアの指摘する如く,不公平なものであっても,企業減税を実現するためには,其れに倍加する個人所得減税を随伴しなければならない点だろう。米国には,「常に増税に反対し,減税を要求する」強固な保守有権者層が存在すると言うことだ。
翻って,我が日本の場合はどうか。直近の衆議院議員選挙を振り返ると,消費税率引き上げは既定の事実視され,それによる増収分を,教育費などに充当するとの与党の選挙公約すら出される程。与野党ともに,財政収支均衡への姿勢は明らかに後退し,出てくるのは有権者層の「御上依存」を助長するような政策ばかり。日本国中,どちらを見ても,一般市民の生活に政府が過剰介入してくる方向性への批判など,一切に聞かれなかった。
世界最大の市場経済国であるはずの日本で,これ程の“御上依存的”政策心理が蔓延している。恐らく,現在の日本にとって,最大の難題は,このムード払拭の難しさにこそあるのではないだろうか…。
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鷲尾友春
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