世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アリババ(中)vs アマゾン(米):ASEANのEC市場をめぐる覇権争い
((一財)国際貿易投資研究所 客員研究員)
2017.11.20
近年来,まだ小規模ながら電子商取引(EC)市場の拡大が,新興のASEANやインドにおいても顕著である。シンガポールの政府系投資ファンド,テマセク・ホールディングスと米国のグーグルが,2016年6月に発表した共同調査レポートによると,ASEANでのネット通販を含むEC市場規模は,2015年時点の55億ドルから10年後の2025年には約16倍増の878億ドルへ急増すると見込まれている。ちなみに,インドのネット通販市場に関しては,2021年段階で800億ドルに達する見通し。
そうした中,今や世界の主要なEC市場で膨張を続けるネット小売りの巨人アマゾン・ドットコムが,本年7月末に東南アジア地域では初となる配送センター(床面積:約9,300㎡)をシンガポール西部のジュロン地区に設置することでようやく進出を果たした。当初はまず,食品や日用品,エレクトロニクス製品など約2万点を最短1〜2時間で配達するという,会員制サービスの「プライム・ナウ」から開始した。この最大の売りは,何と言っても従来にない同国最速のサービスであり,EC事業の競合他社と差別化を図るのが狙いとされる。今後はシンガポールを拠点に隣接の人口大国インドネシアなどASEAN域内での全面的な事業展開を積極的に行っていく方針という。
一方,中国のEC最大手アリババ集団は,アマゾンの参入に先駆けること1年余り前の2016年4月,ドイツのロケット・インターネット傘下でシンガポールを本社とするネット通販大手企業ラザダの株式過半数を取得することにより既に進出済みである。次いで2017年6月には,約10億ドルを追加投資することでラザダの持ち株比率を51%から83%まで引き上げてもいる。ラザダは,同国以外にタイ,マレーシア,インドネシア,フィリピン,ベトナムなど6カ国でネット通販を推進するASEAN最大級のEC事業者であり,「東南アジアのアマゾン」とも呼ばれる。さらに2016年11月,今度はそのアリババ傘下のラザダを通じ,シンガポールにおける食品・日用雑貨などのネット通販大手レッドマートを買収したのであった。またアリババ集団は,EC向け物流事業を近年強化しているシンガポールの郵便事業会社シンガポール・ポストとは2014年5月に資本提携(出資比率は10.35%)しており,現在は第2の大株主でもある。同集団は活発な買収攻勢をかけることによって,まさにASEANでのEC事業の足固めを着々と進めている。
このように米中の巨大市場でそれぞれ勝ち抜いたネット通販の両雄が,地場勢をも巻き込む形でしのぎを削るという,他の地域では例を見ないような熾烈な競争がシンガポールを舞台に繰り広げられつつある。加えて,これからはASEANの新興市場開拓を視野に,ますます国境を越えたEC,すなわち越境ECの輸出入取引をめぐる争いが,一段と激しさを増していくものと想定される。
そのため,こうした周辺諸国への事業展開に当たって大きなカギを握るとみられるのが,ASEAN域内における国際的な物流ネットワークの確立,換言すれば自社物流体制の構築・整備である。とりわけASEANでは,加盟国が陸続きだけでなく,インドネシアやフィリピンといった島嶼国をも抱えているので,海上輸送や航空輸送がより一層求められることになる。その意味で,シンガポール・エアポート・ターミナル・サービシス(SATS)が本年4月にチャンギ国際空港内に稼働させた「ECエアハブ」(総面積:6,000㎡)を,如何にうまく活用していくかも問われていると言えよう。
だがアマゾンの場合,シンガポール国内においては目下,一般に「デリバリープロバイダ」と称される地域限定の中堅配送業者(例えば,Riverwood やNinja Van など)に貨物輸送を委託しているようだ。アマゾン独自の卓越したエクスプレス・サービスを広く展開していくうえで,これから他のASEAN域内向けに商圏を拡大していこうとする際,果たしてそうした配送業務を極力自社物流でまかなっていくのか,それとも従来のように欧米系インテグレーター(DHLやFedEx,UPS)などを引き続き利用していくことになるのか,注視していく必要がある。
それに対して,アリババ集団は,確かに中国のEC市場では京東集団と共にほぼ市場を独占(注:アマゾン中国はシェア第8位と苦戦)しているとはいえ,自国政府の庇護が受けられないASEAN市場にあって,世界最強のライバルであるアマゾンとどこまで伍して渡り合っていけるのか,既存の傘下・協力企業との連携強化(特に物流面)と併せ,その行方が極めて注目されるところである。
いずれにせよ,双方の対決はまだ始まったばかりだが,今後の進展動向からは目が離せない。
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小島末夫
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