世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.932
世界経済評論IMPACT No.932

いま三浦梅園に学ぶ

大東和武司

(関東学院大学経営学部 教授)

2017.10.16

「うたがひあやしむべきは,變(へん)にあらずして常の事也」(注1)

 これは三浦梅園が府内(大分市)の医者・多賀墨鄕(注2)宛に送った手紙のなかの一文である。突然に起こったことのみに目を向けるのではなく,日常,普通,あたり前などと思ってきたことをまずは訝しみ,懐疑し,どういうことなのかを問うことが大切だという。

 梅園については,学生時代にほんの少しだけ学んだことがあったが,最近あらためて関連書籍を手に取ってみた。梅園は,ほぼ300年前,1723年に生まれ,1789年67歳で没した江戸時代中期の哲学者である。生涯のほとんどをいまの大分県国東(くにさき)市,国東半島杵築(きつき)藩富永村で過ごし,村外に出たのは,晩年の長崎旅行のほか2回ほどであったと言われている。一処で思索を深め,独創的な哲学体系の構築に全力を注いだ。主著は,『玄語』,『贅語』,『敢語』の「梅園三語」と『価原』である。『価原』は,福田徳三,河上肇がグレシャムの法則と対照させているが,貨幣の本質や機能だけでなく都市化や貨幣経済の実態探究にまで及んでいる。さきの手紙は,自然哲学書『玄語』の要点を和文でわかりやすく述べ,梅園の哲学の精神がよく示されていると言われている。

 「日本に古来哲学なし」(中江兆民),日本人には思想的座標軸がない(丸山真男)などと指摘される(注3)なかで,梅園は明らかに異なる。本格的な梅園研究の端緒,三枝博音(注4)は,「博学は尊ぶが,『問う』ことの意義の重要さを考えてみることはしなかったわが国の思想家のなかで,梅園のような学者は稀な存在だ」と述べている。

 梅園が投げかけたのは「條理(条理)」である。「條はもと木のゑだにして,理は其すぢ」。自然のしくみを問い続け,人間また社会を思索し,その訣(奥義)は「反のうちに合一を知ること」にある(注5)。「反観合一,捨心之所執,依徴於正」(注6)。仏教で言う習気(じつけ)を離れ,執われるところをなくし,徴のなかでも証拠ではないものには拠らないようにし,「反して観て,合して観て,その本然を求める」ことが肝要であるという(注7)。

 反観合一は「一一則一」,「一即一一」でもある。一と一,たとえば東西,左右は,対立的であるが関係的で,また対等的でもある。対立性を「反」といい,それは互いに非妥協的,相互否定的である。だが,一方がなければ他方が成り立たない相互浸透的な関係でもある。同一的,共存的である。この関係性を「比」という。対立性(反)が関係性(比)につながる動きが「反観合一」である。もちろんそこには時間の経過がある。東西,左右は互いに均しい力を持っているが,その両方を観察していくときに,単なる東西,左右ではなく,東西南北,左右上下というように対象全体が見えてくる。時間(直)と空間(円)の綜合的把握となるというのである。直円無窮の理解である(注8)。

 慌ただしく余裕に欠けた今日,我々の周りには種々雑多なモノ・サービスがあふれている。それがネットワーク化され,さらにはAI,ビックデータの処理機能が進化し,製品やサービスに活かされていくIoT社会へと進展している。カネに翻弄された社会はすでに経験したが,知識,ひいては意思決定までも翻弄される社会ともなりかねない。それは,偏った判断,それにもとづく集団的行動,結果として排他的,排除的,分断的な方向に行きかねない。このリスクを少なくするためには,我々一人ひとりが多面的に物事を見て,対症療法的だけなく原因療法的に問い考えることが求められるのだろう。それは,分析的だけでなく綜合的に,「筈」(注9)的でなく反芻的に問い,自然,他者,自己を時間軸と空間軸のなかで混成・結合させるべく一人ひとりが思索を紡いでいく,つまり梅園の哲学の精神と姿勢にほかならないのではないだろうか。

 梅園は,車輪によって旋転し進み,桔槹(はねつるべ)によって水が汲み上げられることなどの例を挙げ,あらゆるものには各々に働きがあり,存在する意義があるという。「うたがひあやしむべきは,變(へん)にあらずして常の事也」を腑に落とすためには,まずは自然の,また社会のさまざまなものの存在意義を認めることから始めるべきかもしれない。

[注]
  • (1)三枝博音編〔昭和28年(1953)〕「多賀墨鄕君にこたふる書」『三浦梅園集』岩波文庫,13頁。
  • (2)三枝は「多賀墨鄕」,田口正治[[平成元年(1989)]『三浦梅園』(日本歴史学会編集『人物叢書』新装版所収)吉川弘文館(同書旧版第一版は昭和42年(1967)刊行)],小川晴久([1989]『三浦梅園の世界 空間論と自然哲学』花伝社)などは「多賀墨卿」とし,表記には「鄕」と「卿」がある。
  • (3)小川晴久[1989]『三浦梅園の世界 空間論と自然哲学』花伝社,12頁。
  • (4)三枝博音(1936)『日本哲学全書』第一書房,同(1941)『三浦梅園の哲学』第一書房。
  • (5)三枝博音編〔昭和28年(1953)〕「編者の序文」『三浦梅園集』岩波文庫,5-8頁。
  • (6)尾形純男・島田虔次編注訳[1998]「多賀墨卿君にこたふる書」『三浦梅園自然哲学論集』岩波文庫,30頁。
  • (7)同上書,30頁および87−88頁。
  • (8)小川晴久[1989]『三浦梅園の世界 空間論と自然哲学』花伝社,119-137頁。
  • (9)同上書,23-26頁。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article932.html)

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