世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.917

多国籍企業への規制と多国籍企業の社会的機能の発揮

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2017.09.25

 多国籍企業の利益至上主義の弊害があちこちに現れている。たとえば外部委託の形をとって,途上国での極端に低い賃金と劣悪な労働条件を利用した低コスト製品を著名なブランド力と結びつけてグローバルに販売するアパレル分野がある。また資源の乱開発や環境破壊,安全性無視によって住民から告発されている巨大資源多国籍企業の存在もある。さらにはタックスヘイブンを利用した税逃れや資産隠し,利益操作も槍玉に挙げられている。こうした多国籍企業の否定的な活動にたいしては,国際機関やNGO団体,さらには被害を被った国からの強い抗議や告訴も起きている。しかしながら,近年は投資協定のISDS(投資家国家紛争解決)条項を盾にして,進出国を相手取った多国籍企業側の訴訟が増加し,しかも勝訴して莫大な補償金をせしめるケースも続発してきている。国家に優る多国籍企業の優位性が際立っている状況である。

 これに対して,世界ではこれまで様々な試みがなされてきているが,未だ有効で確実な規制力を発揮できるほどには至っていない。たとえば国連は多国籍企業の進出先である途上国側の強い要請に基づいて多国籍企業センターを1970年代に設置し,実態を調査して有効な規制策を模索したし,OECDは主に多国籍企業寄りからではあるが,あるべき行動指針を策定した。またILOは労働側に立って,国家,多国籍企業,労働の三者宣言を出して,参与者間の合意形成を作り上げようとした。さらにISOは説明責任,透明性,コーポレートガバナンス,法令順守などの望ましい基準を作って,正しい軌道内に収めようとした。それらの試みは概ね多国籍企業の横暴な振る舞いを牽制すると同時に,本来の役割を果たすべく,多国籍企業自体の自発的で積極的な努力をも促すという,両面からのアプローチによるコンセンサス作りに基本が置かれている。そうしたCSR(企業の社会的責任)に基づく企業の主体的な努力を期待することの基底には,近代の啓蒙思想以来の社会契約の考えがあり,そこには人間の善意に期待する「性善説」的な色彩が濃厚に刻印されていた。しかしながら,熾烈を極めるグローバルな競争という現実の前には,こうした理想主義は次第に後景へと退かされざるを得なくなっているのが実情である。

 とはいえ,2000年に国連で提唱されたグローバルコンパクトは,人権,労働,環境,腐敗防止という基本タームを踏まえ,企業と国家と労働,それに消費者の間の「盟約」としてこれを守らせようとしていて,既存の成果を一歩先に進めるものであった。さらにそれを単なる約束に終わらせないために,国連人権委員会の下でジョン・ラギーを事務総長特別代表に任命して作り上げた「ラギーフレームワーク」(2008年)とそれを発展させた「指導原則」(2011年)は,国家の人権保護の義務と企業の人権尊重の責任,そして人権侵害が起きた場合の救済措置の,三つの柱を確立させたが,とりわけ,ステークホルダー重視と人権デューデリジェンスの尊重を強く打ち出した画期的なものであった。これは全世界で賞賛を浴び,事態を確実に一歩前進させる役割を果たした。その結果,OECDの多国籍企業の行動指針の改定にあたって,人権の章が追加され,ILOの三者宣言の改訂にデーセントワーク(働きがい)という概念が追加されるなど,波及効果を果たした。さらにESG(環境,社会,ガバナンス)を基本方針に据えて長期戦略を練る企業や,17項目のSDGs(持続可能な開発目標)が2015年に国連総会で採択された。

 だが果たしてそれらは多国籍企業の度外れた致富欲の抑制効果に繋がるだろうか。現在の局面は,一つには,いかにしたら法的強制力を持たせられるかにあるが,その案出に各機関は腐心しているが,妙案はまだない。というのは,独立の国家主権と相異なる統治形態を持つ諸国家から構成される様々な国際機関は,たとえそこに統一の原理や規範や規則を持ち込もうとも,最終的に決定を下せるのは,各国権力であり,多国籍企業はそれらの各国の違いの間を巧みに遊泳できるからである。そのため,国家横断的で,統一的な原理を構築し,かつそれが確実な抑制力になっていく路程を敷設していくことが不可欠になる。もう一つには,多国籍企業自体が自社の利益一辺倒ではなく,株主,従業員,退職者,周辺の部品サプライヤーや地域など広範なステークホルダーの総合的な利益に気を配り,社会組織の不可欠な構成部分としての機能を高めていくことである。そしてそれらを有効にさせていくためには,「物言う株主」としての議決権行使も含めたグローバルな「草の根」の民主主義の関与とその高揚が必要である。それは確実な対抗力になるからである。

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