世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.913
世界経済評論IMPACT No.913

Brexitに翻弄される英国経済

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2017.09.18

 Brexitの悪影響により英国経済の減速が顕著となっている。2017年1〜6月の実質GDPは,前期比年率1.4%増と,2016年7〜12月の同2.3%増から1%弱伸びが低下し,2%程度の潜在成長率を大幅に下回った。景気は,国民投票後も2016年中は堅調さを維持していたが,2017年に入りモーメンタムを急速に失いつつある。

 景気減速の主因は,個人消費と設備投資という国内民間需要の柱の大幅な鈍化だ。個人消費は,Brexit決定以降のポンド安によるインフレ率の上昇,及び賃金の伸び悩みによる実質所得の減少を背景に,2017年1〜6月は前期比年率1.6%増と,2016年7〜12月の同2.9%増から大幅に伸びが鈍化した。設備投資は,Brexitをめぐる先行き不透明感の高まりによる企業マインドの悪化を背景に,2017年1〜6月は前期比年率0.2%増と,2016年7〜12月の同0.5%増に続きほぼ横ばいにとどまった。

 こうした中で景気を下支えしたのが公的需要と純輸出であり,①民間需要の伸びの大幅鈍化と公的需要の伸びの高まり,②国内需要の低迷と輸出の伸長,という形で需要間の「跛行性」が目立つ。

 2017年後半から2018年までを視野に入れた場合,英国経済はどの様な展開が予想されるだろうか。

 景気へのプラス要因としては,BOE(英国中央銀行)による超低金利政策の維持,財政緊縮策の緩和等の政策効果,ポンド安による競争力上昇,の3つが予想される。第一に,超低金利政策の維持だが,消費者物価上昇率はインフレ目標の2%を上回っているが,Brexitに伴う不透明感の高まりや景気減速を背景に,BOEは当面様子見姿勢を続け,政策金利を現行維持し,最終需要の下支えを図るだろう。第二に,財政緊縮策の緩和だが,メイ政権は,景気減速に対し,前キャメロン政権時代から続けてきた財政緊縮策の緩和を続けるだろう。第三にポンド安による競争力の上昇だが,米国やユーロ圏との成長率格差,金融政策の方向性の違い,Brexit交渉の難航等を背景にポンドの弱含みが続く結果,輸出が押し上げられ,輸入が抑制されるだろう。

 一方,景気へのマイナス要因としては,ポンド安によるインフレ圧力,Brexit交渉の難航による家計・企業のマインド悪化,住宅市場の軟化,の3つが予想される。第一に,ポンド安によるインフレ率の上昇だが,輸入物価の上昇を背景に消費者物価上昇率が前年比2%台半ばから後半で高止まりする結果,家計の実質所得の低迷が続くだろう。第二に,Brexit交渉難航による企業・家計のマインド悪化だが,先行き不透明感の高まりを背景に,企業は賃上げに慎重な姿勢を強め,設備投資を先送りしよう。ある有力日系自動車メーカーは,Brexitの不透明感が長期間解消されなければ,英国の一部生産を他地域に移転せざるを得なくなるかもしれない,と警告している。家計においても,自動車等,大型耐久財や住宅の購入の先延ばしが予想される。第三に,住宅市場の軟化だが,住宅価格は,企業移転への不安もあり,足下でピークアウトしつつある。ロンドンを中心に若干の軟化を示す指標も出始めており,個人消費に対する「資産効果」の消滅が懸念される。

 以上を総合すると,公共投資の増勢や,輸出の堅調な伸びが下支え要因となるが,実質所得低迷と消費者マインド悪化により個人消費の鈍化が続き,企業収益の増加や低金利等にもかかわらず,企業マインドの悪化により設備投資の先送りと対内直接投資の低迷が続く結果,実質GDP成長率は,前期比年率1%強の「超低空飛行」が続くと予想される。

 以上の「メインシナリオ」は,Brexitについて「2〜3年の移行措置協定が結ばれ,将来協定は,英国によるヒトの移動の自由の制限が実施される代わりに,単一市場へのアクセスに関しては,金融や一部のサービス分野を中心に一定の制限が加えられる」と想定している。しかし,交渉の展開次第では,以下の2つのシナリオを想定しておく必要がある。

 「スタグフレーションシナリオ」は,英国がEUとの協定無しの「無秩序な離脱」に追い込まれる。英国から資金が流出し,ポンドの下落によるインフレ加速を背景とした実質所得の減少や,住宅価格及び株価下落による逆資産効果等により個人消費が失速する。対内直接投資の落ち込みや企業マインドの悪化によって設備投資も大幅に減少,景気はリセッション入りする。景気失速にもかかわらず,インフレ率の大幅な上昇を背景にBOEは大幅な利上げに追い込まれ,景気低迷とポンド安の悪循環に陥るだろう。

 「景気持ち直しシナリオ」は,現状とほぼ変わりない3〜4年の移行措置協定が結ばれる。将来協定は,英国によるヒトの移動の自由の制限は極めて限定的で,代わりに,単一市場へのアクセスは,金融や一部のサービス分野を除けば,財分野では現状に近いものが確保される。この場合,2018年末にかけて家計及び企業のマインドが持ち直し,対内直接投資についても一定の回復が期待できる。ポンドも持ち直し,インフレ率も緩やかに低下に向かう。ペントアップディマンドも顕在化,住宅市況底打ちによる資産効果も加わり,景気は内需中心に前年比2%程度の成長軌道へ復するだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article913.html)

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