世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.850

「成熟社会」は何故「ポピュリズム」の台頭を許すのか?:左翼政権の後退と極右,極左の台頭

岡本悳也

(熊本学園大学 名誉教授)

2017.05.29

 G5に代表されるような先進資本主義国は「成熟社会」である。「成熟社会」では,民主主義が確立し,自由経済を基本として,一定の生活水準が確保され,年金,教育,医療,環境保全といった福祉,公共サービスが整備,充実している。経済成長によってもたらされた所得水準が福祉・公共政策の整備,充実を可能にした。準先進国,途上国,旧社会主義国も雁行しながら「成熟社会」に向かって競い合っているのが21世紀のグローバルな現状である。

 ではなぜ「成熟社会」を達成した欧米先進国でポピュリズムが台頭してきたのだろうか? 「ポピュリズム」とは宗教,民族,人種,階層の対立,差別を煽り,憎悪や憎しみによって社会を分断する左右の過激イデオロギーである。日本だけがなぜこの傾向を免れているのだろうか? この2点に絞って若干の考察を加えてみよう。

 先進国社会では,自由主義経済がもたらした経済成長と社会主義の崩壊によって,体制的危機は遠のいた。自由主義か社会主義か,市場経済か計画経済かという,二者択一の体制選択の時代は終焉した。欧米先進国の主要政党は歴史的出自はどうあれ,現在では,基本的には政治と経済の両面において自由主義体制を支持している。社会主義と計画経済に親近感をもつ主要な政党,労働組合は「成熟社会」では存在基盤を失い,影響力を大きく後退している。伝統的左翼の後退がポピュリズムを台頭させる政治的状況を生み出している。

 欧米「成熟社会」は「体制的危機」が遠のくとともに,生活に密着した経済問題が主要な政治的課題となり,選挙の争点となる。特に重要な争点となるのは「失業問題」や「格差問題」である。「失業問題」や「格差問題」を解決することは「成熟社会」においても容易ではない。「失業問題」,特に若年層の失業問題は深刻な問題であり,「格差問題」も怨嗟や嫉妬心と言った心理的不満や反発を醸成し,社会を分断する。自由主義経済には景気の変動に伴う失業問題は避けがたいが,構造的,制度的な失業問題には様々な対応が可能である。「格差問題」も経済活動の個人的自由と不可分な面もあるが,適切な税制によって,自由経済の活力を維持しつつ是正することは可能である。

 かつて賃金の「下方硬直性」という用語が経営面のマイナス要因として強調された時代があった。しかし,昨今,賃金にも経営者報酬にも日本では「上方硬直性」もあることが明確になった。特に大企業の経営者報酬は欧米企業とは一桁も,場合によっては,二桁も大きな違いがある。経営者報酬の「上方硬直性」は強く,目に余る「格差」は生じない。企業活動に大きな成果があれば,経営者は関係者全員の協力と努力によるところが大きいとし,その成果を経営者,エリート幹部に一方的に帰属させることはない。個人の能力や資質を誇らない,この日本的「和の精神」は,個性や創造性と両立し難いことは否定しえないが,自由主義経済の摩擦を和らげるという観点からは見直され,評価されていい。

 社会的疎外感,不遇感を抱く人々は,今の社会体制の支配層であるエリート・エスタブリッシュメントに対しては強い反発や批判をもつ。社会的憎悪と分断を助長するポピュリズムが彼らの反発や不満を吸収することによって台頭する。憎悪と分断を煽るポピュリズム政党はその時々の社会情勢によって勢に強弱はあっても「成熟社会」においても決して消滅しない。

 さらに,急激に増加する難民・移民問題はテロを誘発し,大きな不安と恐怖心を一般国民に与え,「成熟社会」を脅かしている。大多数のイスラム教徒がテロを容認しているわけでは決してないが,テロリストがイスラム教の強い影響をうけていることは厳然たる事実である。イスラム教が政教分離を確立しなければ,「成熟国」に向かった,難民・移民が摩擦なく「成熟社会」で共存することは困難であり,ポピュリズムを誘発することは避けがたい。さらに,イスラム教内部で宗派間の和解がなければ難民問題は後を絶たないことも確かである。21世紀の喫緊の最重要課題は一にイスラム教国の政治的成熟にかかっている。

 先進国の中では日本だけが深刻な「テロ」に直面していない。極左,極右勢力もほとんど影響力をもっていない。難民・移民問題の震源となっている中東から遠く離れた極東に位置していることが幸いしている。しかし,狭小な領土に,膨大な人口を抱える日本こそが,グローバリゼーションの恩恵に大きく浴し,アジアで唯一安定した「成熟社会」を享受している。日本人も異なる宗教,民族,人種との共存に適応できるだけの国際的視野と見識をもってこの恩恵に報いたいものである。「大義を四海に布かんのみ」(横井小楠)である。

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