世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.881

ミャンマーの経済成長と金融インフラ:「郵便貯金」の歴史的教訓

岡本悳也

(熊本学園大学 名誉教授)

2017.07.24

 2016年3月30日,総選挙で大勝したミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏を党首とする国民民主連盟(NLD)の新政権が誕生した。1年を経過した今,最も大きな変化は都市から地方まで,全国的なスマホの爆発的普及である。経済発展論の「雁行形態論」は,やがて「神話」となり,「スマホジャンプ論」が登場するだろう。

 アウン・サン・スー・チー最高顧問が述べたように,彼女も「魔法の杖」を持っているわけではない。経済成長が国民全体に実感できるためにも,積年の課題である少数民族問題の解決のためにもそれ相応の時間が必要である。しかし,ポピュリズムを国民大衆の性急な,時に理不尽な要求と露骨な,あるいはインビジブルな宗教的,民族的差別意識,と定義するなら,ポピュリズムは先進国だけのものではなく,グローバリゼーション下の途上国にも強固に存在する。アウン・サン・スー・チー政権がポピュリズムの強い圧力に対応して,経済,政治問題を解決する最大の「妙薬」は経済成長の達成しかない。経済成長のための確実な前進は喫緊,最重要課題であろう。

 ミャンマーではすでに広義の流通分野(小売業,観光・ホテル,不動産,銀行,通信)では近代化,産業化に大きな成果をあげている。しかし,ミャンマー政府が望む産業の近代化は雇用吸収力の大きい製造業の成長である。低賃金による比較優位を速やかに脱し,自動車,電気・電子,IT関連の技術移転を伴う外国資本の直接投資,内国化を期待している。

 外国資本の積極的誘致には税制上の優遇や様々な規制緩和も必要だが,電力,交通インフラの整備が最重要課題である。電力事情も好転してきている。しかし,人口比電力普及率はまだ5割にも達していないと言われている。

 税制上の優遇措置とインフラを整備した「経済特区」は,日本が積極的に協力したヤンゴン近郊の「ティラワ経済特区」,中国が主導して,昆明までのパイプラインを敷設した「チャウピュー経済特区」も稼働を始めた。さらに,計画が実現すれば,ASEAN大陸部の「南部経済回廊」に繋がる東南アジア最大の港湾都市になることが期待される「ダウェー経済特区」の取り組みも始まった。

 アジア開発銀行(ADB)は交通インフラ(都市交通や港湾,道路,空港)整備を推進するアドバイザー契約をミャンマー政府と結んでいる。その試算によれば,計画実現には数兆円の資金を要すると言われている。税収に大きく期待できない,途上国政府が資金力を確保する道はあるだろうか。日本の戦後復興に大きな役割を果たした「郵便貯金」が有益な教訓を提示していると思われる。

 明治時代初めに,イギリスの制度に倣い導入された少額・零細の「郵便貯金」は,政府が国民全体に貯蓄を奨励し,貯金を政府資金として集中し,その資金を財源として,政府の公共的用途に融資,活用することを目的として始動したものである。市場経済の下では,民間銀行では巨額,長期,ハイリスクの融資には困難がある。郵便貯金を財源とする,戦後経済復興に果たした公的金融制度である「財政投融資制度」は「郵便貯金」を源泉として,一方で,巨額の資金を必要とするインフラ,基幹産業の育成,強化,他方で,中小零細企業,農林漁業分野の近代化に大きく貢献した。日本開発銀行,日本輸出入銀行,各種金融公庫がその担い手であった。

 明治初期に導入された「郵便貯金」は設立当初から成功したわけではない。零細・少額の貯蓄を政府の下に集中することは容易なことではなく,様々な努力によって達成された。次の事柄が零細・少額貯金の集中のスペックである。

 まず,民間金融機関よりは優遇利子を提供することである。日本の「定額郵便貯金」(預入の日から起算して6か月経過後は払戻し自由。10年間半年複利で利子を計算)は優遇金利,流動性,複利計算で魅力的な金融商品であったことはよく知られている。途上国の導入に際しては,貯金額によって段階的利子率を設け,貯金額が大きくなるに従って利子率は低減させ,富裕層の預金シフトを防止するために貯金金額自体に上限を設けることも必要であろう。

 次に,何よりも重要なことは,日本では郵便貯金が離陸するまでは,社会でも,学校でも貯蓄,貯金の意義を教育したことである。「みんなの貯金が橋を作る,道路を作る,国を作る」というように,分かりやすく貯蓄の意義,貯金の意義を教えることである。子供貯金にも力を入れた。貯蓄,貯金は国民の国づくりへの参加意識を醸成する意義も大きい。

 さらに,郵便貯金勧誘のための郵便貯金収集外交員制度も日本では極めて有効であった。初めて貯金を経験するような階層には懇切丁寧な説明が不可欠だからである。「郵便貯金」は20世紀初頭には,民間銀行が到底揃えることのできない機会を全国民に提供するまでに成長した。

 最後に,「国民貯金」制度のシステムにもITが力を発揮する。机一つとパソコン,あるいはスマートフォンで貯金業務は可能なのである。ミャンマーのような途上国の経済成長のためには,民営化前の日本の「郵便貯金」制度を模した「国民的貯蓄銀行」の構築が有望な金融インフラになりうると思う。日本が明治維新以来,1世紀半をかけて達成した近代化の成果をミャンマーは20〜30年で達成できるかもしれない。21世紀はそういう時代である。

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岡本悳也

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