世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバル・バリュー・チェーン(GVCs)革命の持つ意味
(同志社大学政策学部 教授)
2017.05.22
GVCsについては,すでに1990年代から,サセックス大学の開発学研究所(注1)を中心に,政治経済学的視点,経済地理学的な視点,地域研究的な視点等々,多角的に研究が行われてきた。近年,ようやく,国際経済学や開発経済学といった応用経済学の中でもGVCsが中心課題として取り上げられるようになってきた。2013年に世界貿易機構(World Trade Organization:WTO)(注2),経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development:OECD)(注3),及び,国連貿易開発会議(United Nations Conference on Trade and Development:UNCTAD)(注4)が相次いで,GVCs関連の報告書を発行したのも,その流れを汲むものといえよう。また,2016年度は,世界銀行もどのようにGVCsが持続可能な開発につながるのか,という視点で報告書(注5)を発行している。
現在,トランプ大統領が貿易に対する関税賦課や21世紀型の環太平洋連携(Trans-Pacific Partnership: TPP)協定から早々と脱退を決める等,保護主義的,かつ,20世紀に逆戻りしたような貿易政策を打ち出そうとしている。どこまで実施されるかは別として,このようなアメリカ新政権の通商政策は,21世紀のグローバル化は「知識」主導であって,もはや「貿易」主導ではない(注6),という点を見落としているように思われる。アメリカの企業は,もはや,「生産」拠点のみならず,技術,マーケティング,経営ノウハウ等の「知識」もオフショア化してしまっているのである。VCsがグローバルに展開する中,リチャード・ボールドウイン教授がいうように,アイデアや知的財産の流出をとめずに,「もの」の流れだけを止めても,全く意味をなさないのである。
これは,日本の通商政策を考える上でも極めて重要である。度々で申し訳ないが,徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」を再度,取り上げさせていただく。道路にただ落ちていれば,一円にもならない木の葉っぱであるが,時期と場所を選べば,1枚,五百円にも千円にもなりうるのである。ここで重要なのは,「葉っぱビジネス」は,葉っぱという「もの」を単に取引しているのではなく,いつ,どこで,どんな葉っぱが価値あるのか,という,まさに「情報」が上乗せされているのである。また,上勝町は,葉っぱビジネスの主な担い手である高齢の女性にもPCタブレットを普及させながら,他の地域がなかなか参入しづらい「しくみ」をいち早く構築し,VCsの構築によって生み出されたレントをがっちりと掴んでいるのである(注7)。現在では,上勝町の葉っぱは,ヨーロッパやアジアの高級和食料理店にも空輸されるようになったそうである。上勝町のVCsもまた,グローバル化の時代を迎えたといえよう。20世紀型の貿易政策では日本の産業もまた,守れないのである。
[注]
- (1)詳しくは,Gereffi, G., et al. (2001), “Introduction: Globalization, Value Chains and Development”, IDS Bulletin Vol. 32 No. 3: 1-8.
- (2)Elms, Deborah K. and Patrick Low (2013), Global Value Chains in the Changing World. Geneva: WTO.
- (3)OECD (2013), Interconnected Economies: Benefitting from Global Value Chains. Paris: OECD.
- (4)UNCTAD (2013), World Investment Report 2013: Global Value Chains: Investment and Trade for Development. Geneva: UNCTAD.
- (5)Taglioni, Daria and Deborah Winkler (2016), Making Global Value Chains Work for Development. Washington, D.C.: World Bank.
- (6)この点は,リチャード・ボールドウイン教授も強調している。詳しくは,平成29年2月20日付「時代遅れの米関税政策」『日本経済新聞』朝刊7ページ参照。
- (7)「葉っぱビジネス」における情報と仕組みの重要性に関しては,株式会社いろどり代表取締役社長の横石知二氏と,同会社人材育成部主任の谷健太氏から御提供いただいた情報に基く。
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