世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.736
世界経済評論IMPACT No.736

ミャンマーのある企業家のはなし

岡本由美子

(同志社大学政策学部 教授)

2016.10.17

 昨日10月9日,日曜日にも関わらず,大阪大学で開催された佐藤芳之氏の講演会に多数の参加者があった。とりわけ,若い人の参加者が目立った。佐藤氏は,日本を代表する社会起業家の一人である。30歳代始めに,ケニアで次々と事業を立ち上げ,そのうちの1つ,ケニア・ナッツ・カンパニーが世界5大マカデミアナッツ・カンパニーにまで成長をした。

 若い人の参加が多かったのは,現在,ビジネスを通した国際協力が脚光を浴びているからであろう。時代は変われど,政府開発援助(Official Development Assistance:ODA)の役割は依然大きい。私もそれを否定するつもりはない。しかし,先進国の財政状況の悪化,及び,援助疲れの影響で,ODAの拠出額の伸びは今後あまり期待できない。それに代わり,アフリカでもビジネスを通した国際協力に注目が集まっている。後者の方が,より,それぞれの現地・土地に根付いた雇用・付加価値を生み出す仕組みが作られやすい,という期待感からであろう。事実,佐藤氏が創業者であった上記カンパニーは,直接,間接を含め,25万人にも及ぶケニアの人々の生活向上に寄与したと言われる。

 そのように考えると,ミャンマーという国の違う側面が見えてくる。ミャンマーは経済指標だけをみると,確かに,アジアの最貧国の1つと言える。しかし,佐藤氏のような,持続可能な開発を実現している,21世紀型企業家がミャンマー人の中にすでに存在しているのである。今回はその一人を紹介したい。Shwe Pu Zun(SPZ)社の社長,Tint Soe Lin氏である。

 ミャンマーでは,同社の名前を知らない人はいないくらい有名な食品・飲料会社である。ヤンゴン市内では,いくつかのカフェ・レストランを経営しており,週末は,いつもヤンゴン市内の憩いの場の1つとなっている。ミャンマーは,長い間,鎖国に近い状態にあったため,この企業も世界的にはほとんど知られていなかった。しかし,2013年,その状況が一変する。それは,前アメリカ・スペシャルティ・コーヒー組合の会長(Rick Peyser氏)が同社を訪れてからである。アメリカ合衆国国際開発庁(U.S. Agency for International Development: USAID)は現在,コーヒー小農の育成とミャンマーのコーヒー産業全体の向上を目標とした援助プログラムを実施しているが,その手始めとしてアメリカからミャンマーに派遣されてきたのが,Peyser氏である。

 Peyser氏は,ミャンマーのコーヒーに関する前知識をほとんど持たず,Shwe Pu Zun社の所有するシャン州のコーヒー・果実農園をまずは訪問した。そこで,Peyser氏は,21世紀,世界のモデルの1つにも成り得る持続可能な農園に出会い,絶賛をすることになる(注1)。自社建設の水力発電,独自の発明に基く(動力を使用しない)ポンプ式で全作物に水を供給するやり方,ローカルの廃材を利用して独自につくる有機肥料,よいコーヒーをつくるためのみならず環境に配慮して植えられているシェード・ツリー。コーヒーのみならず,マンゴやその他果実も栽培されている植物多様性。Peyser氏がミャンマーのコーヒー産業の今後の成長性に大いに期待することになったのも,この会社の農園を訪問したことが契機の1つになったことは間違いない。それからわずか数年後の2016年春,SPZ社のものではないが,ミャンマーの小農がつくったコーヒーがアメリカのスペシャルティー・コーヒーとしてアメリカ市場に初登場することになるのである。

 また,SPZ社は環境のみならず人や地域にもやさしい会社としても国内では有名だ。従業員のみならずその家族までケアをする体制,及び,農園でもヤンゴンの工場でも完備されている医療救急体制。さらに,シャン州の農園がある地域でのマラリア撲滅や地域医療体制の充実化,及び,近隣の小農のコーヒー栽培指導や小農の組織化を通した地域貢献。

 ケニア・ナッツ・カンパニー創業者の佐藤氏は,2008年になると,ただ同然でその会社をケニア人パートナーに譲渡し,周りをあっと驚かせた。その理由を佐藤氏は,以下のように述べている。「会社を立ち上げた時から,私はケニア・ナッツ・カンパニーを,ゆくゆくはケニア人の会社にしなければならないと考えていました。役割を終えたら,日本人は去り,あとはケニア人が自分たちのスタイルで運営していくべきだ」(注2),と。ミャンマーにはすでに,世界の手本とも成り得るような企業家がすでに存在するのである。

 アジアの最後のフロンティアと呼ばれるミャンマー。兎角,人件費の安さだけがクローズアップされがちである。しかし,21世紀,持続可能な開発を目標に掲げたグローバル社会の中において,ミャンマーの強みの1つは,軍事政権時代から時の権力からは距離を置いて自力で成長を遂げてきた企業・企業家が確かに存在することであろう。これまでの成長モデルを単にあてはめるのではなく,ミャンマーの強みを活かした国際協力はできないものなのか,考えていきたい。

[注]
  • (注1)Peyser, Rick (2014), “Myanmar Specialty Coffee: Critical Crossroads”, COFFEE TALK, posted on January 14, 2014(最終アクセスは,平成28年10月9日)。
  • (注2)佐藤芳之(2014)『歩き続ければ大丈夫:アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙』ダイヤモンド社,122ページ。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article736.html)

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