世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.781

TPP離脱は,アメリカに何をもたらすか

中條誠一

(中央大学経済学部 教授)

2017.01.16

 トランプ次期大統領は,TPPからアメリカを離脱させるという。このことの影響は,貿易や投資といった実物経済面だけにとどまらない。アジア地域との貿易や投資関係を相対的に低下させるだけでなく,アメリカは国際通貨面で大きな損失を被りかねない。「国益重視」が逆効果をもたらしかねないことを看過してはならない。

アメリカに多大なメリットをもたらす「法外な特権」

 実体経済面では,世界は多極化の時代を迎えており,アメリカのGDPシェアは20%強にとどまっているが,金融経済面では依然としてアメリカのドルが圧倒的優位にあり,「ドル1極基軸通貨体制」が続いている。

 それによって,アメリカは他の国にない大きな特典を享受している。他の国と違って,アメリカは輸出努力をして外貨を得なくとも,輪転機でドルを刷れば,ただ同然で海外から欲しいものをいくらでも買える。「通貨発行利益」と呼ばれるこの「法外な特権」があるがゆえに,アメリカは経常収支の赤字を続け,世界中にドルを垂れ流し,いまや世界最大の「借金大国」となっても,破綻せずに首が回っている。

 さらに,そんな「借金大国」でありながら,利子・配当といった「投資収益」は黒字。世界の人々がドルで取引をするたびに,アメリカの銀行には手数料やマージンが転がり込む。ドルが世界の基軸通貨であればこそ得られる多大な恩恵である。

いま,アジアで起こっていること

 局地的にはユーロが誕生したにもかかわらず,アジアがドル圏であることがアメリカの「法外な特権」の大きな支えとなっている。しかし,近年アジアでそれを減退させかねない2つの兆しが見受けられるようになってきた。

 一つは,アジア域内の貿易が拡大し,かつその貿易構造が転換しつつあることである。すでに,アジアでは,対アメリカよりも,アジア域内貿易が大きくなり,かつ「三角貿易構造」といわれたものが変容しつつある。最終製品の輸出先としてアメリカが多かった時には,域内の貿易もドル建てにせざるを得なかったが,域内で相互に輸出入をすることが多くなるに連れて,域内の貿易をドル建てにする必要性は薄れてきている。

 もう一つは,アジア各国の為替政策が実質ドル・ペッグ制からドルとの伸縮性を強めていることである。かつて,アジア各国通貨がドルと連動していた時には,円が国際化を目指しても,アジアの企業からは見向きもされなかった。しかし,アジア各国通貨がドルとの変動するようになると,ドル建て取引の為替リスクも意識せざるを得なくなってきた。特に,域内で輸出入双方の取引を持つようになったアジアの企業では,アジアの通貨建てでの取引という選択肢が視野に入ってきている。

TPP離脱は,アジアでのドル離れにつながりかねない

 今のところは,アジアでドル離れは起こっていないが,根底で生じつつある上記の変化は,アジアの企業にとってドルが唯一無二でなくなる兆しといってよい。

 アメリカのTPP離脱は,それに拍車をかけかねない。アジアにおいてRCEPの進展,あるいはアジア各国間のFTAやEPAの推進につながるならば,アジアにおける貿易・投資面でのアメリカのプレゼンスは後退せざるを得ない。逆に,現在苦境にある中国が構造改革によって,再びアジアでの存在感を増したならば,アジアの企業は域内取引においてドル建てか人民元建てかの選択を迫られることになろう。

 そうなれば,アジアでドルの後退が始まるかもしれない。それは「ドル1極基軸通貨体制」の変貌であり,アメリカの「法外な特権」の後退,喪失を意味する。「ドル1極通貨体制」の問題とその改革を訴え続けてきた筆者には歓迎すべきことではあるが,アメリカの国益優先を訴えるトランプ次期大統領には大きな失策になりかねない。アメリカにとっては,アジア重視の政策によって,ドル圏としてのアジアの維持を最優先にすべきであろう。

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