世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
大きく変わるお金(通貨)の未来
(中央大学 名誉教授)
2020.01.27
ブロックチェーンという画期的な技術によって,これまでの現金と預金に加えて,第3のお金(通貨)が登場する可能性が出てきた。ここ数年,ビットコイン,リブラ,デジタル人民元などが耳目を集めているのは,その誕生を巡ってのエポックに他ならない。
ビットコインは無理でも,リブラにはある新しいお金の魅力
いかに情報通信技術が発達しても,お金のような「価値ある物」をネット上で送ることは,改ざんの危険があるためできなかった。だから,現金と預金というこれまでのお金の太宗(約9割)をなす預金は信用ができる銀行に管理してもらい,それを使って受払いをする時も,為替という仕組みを使ってきた。銀行送金というが,ネット上でお金を送れないため,銀行は送金に関わる情報をやり取りし,それに基づいて相互に持ち合っている預金口座の数字をプラス・マイナスしてきたのである。
ところが,ブロックチェーンという技術によって,直接お金をネット上でやり取りできるようになった。そのため,個々人同士がパソコンやスマホを使って,どことでも,瞬時に,低コストでやり取りできる「夢の通貨」の誕生への期待は一気に高まってきた。その最初がビットコインに他ならないが,そこには致命的な欠陥があった。本来,物の価値を測る物差しであるべきビットコイン自体の価値が変動し,物差しの目盛りが伸縮してしまうからである。結局,これはお金というよりは,株や債券などと同じ「暗号資産」ということに落ち着いたといえる。
ところが,ビットコインのその欠陥を解消しただけでなく,お金としての機能を高めたリブラの発行計画をフェースブックが公表。計画通り,決済に関わる世界的な企業がそれを使うとなると,「リブラ通貨圏」ができるかもということで衝撃が走ったのは記憶に新しい。
それでも,未来のお金の主役はリブラではない
いかに,改ざんされることがなく,効率的にやり取りできる素晴らしいお金であるといっても,今ここで安易にリブラの発行を認めてはならない。民間でこうしたお金を大々的に発行することには,大きな問題があるからである。まずは,お金を発行すると「通貨発行利益」が得られるが,これを民間に与えてよいのかというお金に関する本源的問題である。これまで,「通貨主権」として国家が保持してきたものを,民間企業や団体が持つということは,「お金の発行」をビジネスにするということに他ならないからである。
二つめは,金融政策への影響である。民間で無作為にお金が発行されるとなると,政府が通貨発行量を調整することによって,経済をコントロールできなくなりかねない。三つめは,金融・決済システムの安全性,透明性,公正性を保持できるかという問題である。これまでは,政府の管理と規制の下で,その中核をなす銀行がその維持に大きな責務を負ってきている。金融破綻を起こさないための経営の健全性維持,情報の適正な管理,不正な使用の防止などである。既存のシステムの外でのリブラの発行は,それを担保できるか不明である。
こうした大問題を抱えたリブラの容認に先立ってすべきことがある。お金の世界でデジタル化,キャッシュレス化が避けられない中では,民間ではなく政府自身がデジタル通貨を発行し,従来の現金,預金にそれも加えた新しいシステムを構築することである。スウェーデンのeクローナ,中国のデジタル人民元が話題となっており,その日は近いと思われる。そのうえで,改めて民間発行のお金が必要なのかどうか,必要であるとすれば,どのような量や役割を持たせるのかを検討するというのが正しい順序である。
(詳しくは,拙著『ドル・人民元・リブラ――通貨でわかる世界経済』新潮新書を参照。)
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