世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
リブラか公的(中銀)デジタル通貨か:民間による通貨発行に警鐘を鳴らす
(中央大学 名誉教授)
2020.05.11
リブラプロジェクトは,通貨当局の反発が強く,今年前半での発行は難しくなった。それでもなお,通貨当局の管理・規制を満たしたうえでの発行に対する期待は大きく,「リブラのような画期的な通貨を潰してはいけない」「リブラを潰しても,第2,第3のリブラは登場する」「リブラ潰しは,民業の圧迫である」といった声が聞かれる。しかし本当に,リブラのような民間での通貨発行を許してよいのであろうか。改めて,問い直してみたい。
これまでの民間の金融サービスとリブラは異なる
リブラ待望論を唱える人の間では,「通貨発行そのもの」と「すでにある通貨を使った決済サービス」を同一視しているきらいがある。
現在の通貨は,現金と預金(主に,要求払い預金)である。しかし,これを使って支払いをするとなると不便なことが多い。それ故,民間企業によって,クレジットカード,電子マネー,スマホの決済アプリなど,それを補う種々のサービス提供されている。その中には,アマゾン,アリババといった巨大プラットフォーマーが提供している決済サービスもある。
こうした既存の通貨の使い勝手を良くする金融サービスに,民間企業が参入することは,その通貨システムに障害がなく,利便性が増すのであれば,大いに歓迎すべきである。
しかし,リブラは同じ金融業であっても,民間が自ら新たな通貨を発行し,それを使った決済サービスを提供するものであり,同一視することはできない。ともに,デジタル化という流れにあるが,決済サービスのデジタル化と通貨発行のそれでは次元が違う。このことをしっかりと認識しなければならない。
通貨の発行は市場での自由競争にそぐわない
預金通貨は銀行によって信用創造されているが,本元となる現金(硬貨と紙幣)の発行は「通貨主権(正確には,通貨高権の方がよい)」といわれ,国家に委ねられてきた。ここでは詳述する余白はないが,一言でいえば「通貨は公共性が強く,市場での自由競争にそぐわない」からである。
その通貨主権を持つ国家は,いくつかの権能を有しているが,それは大まかにいうと,「個々の取引において安全かつ公正に使用でき,かつ国民経済の安定的な運営を図れるような通貨を独占的に発行すること」といえる。リブラに関する議論は,多くがその安全性や公平性に向けられており,そのための管理・規制がクリアできるか否かが焦点になってきた。
しかし,それだけで判断してはならない。マクロ的にみた場合,通貨価値の安定(=物価安定)によって,国民経済を健全に運営する金融政策を遂行できなければならない。ここで詳しく説明できないが,リブラの発行形態からして,それを阻害する危険性が高い。さらに,通貨の発行は,ほぼ確実にシニョレッジ(通貨発行益)をもたらす。これまでは,通貨主権を持つ国家,ひいては国民全体で享受してきたその利益を,特定の民間主体がビジネスとして得てよいのかという疑問が残る。こうした通貨の本質を巡る議論なくして,安易に通貨の発行まで民間ビジネスしてはならない。
では,どうすればよいのか
確かに,「金融包摂」,利便性・効率性といった経済厚生の面で,リブラは素晴らしいものがある。もはや,ブロックチェーンなどによる通貨のデジタル化は避けられないが,どうしてもそれをリブラなど民間に依存しなければならない状況でなくなってきている。各国で,公的(中銀)デジタル通貨の発行が現実味を帯びてきているからである。
であれば,その登場を促し,既存の現金・預金と公的(中銀)デジタル通貨の関係,新しい決済,融資,資産運用といった通貨システムを構築し直すべきである。そのうえで,なおもリブラのような民間発行の通貨が必要であるか否かを再考するというのが,「未来の通貨」を考えるうえでの王道であろう。
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