世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.769

外資主導工業化の功罪

穴沢 眞

(小樽商科大学 教授)

2016.12.26

 TPPの先行きに暗雲が垂れ込めているが,TPPの発効を見越してマレーシアやベトナムに新たに進出した多国籍企業にとっては目算が外れ,今後の事業計画にも支障が生じかねない。これら2カ国は発展途上国の中でも工業化において外資に大きく依存している。ここでは改めて,発展途上国における外資主導工業化の功罪についてマレーシアを例にとり考えてみたい。

 典型的な外資主導工業化を進めてきたマレーシアの現状には気になる点がいくつかある。意外な事実ではあるが,同国は長きにわたって半導体の主要な輸出国であり続けている。しかしながら,これはIntelなどの多国籍企業によるものであり,地場企業の参入はない。また,現地調達も増大しているとはいえ,製品の特性上,高いものではない。日系の家電メーカーも多く進出し,彼らも工業製品輸出に貢献しているが,現地調達される部品の多くが,日系サプライヤーからのものである。このように日米の大企業とサプライヤーの進出により,マレーシアの製造業は電機・電子に偏った構造となっている。また,地場企業による裾野産業が形成されておらず,外資系企業と地場企業とのリンケージは限られ,輸出指向的な外資系企業と国内市場指向の地場企業とに二極分化した状況となっている。

 周知のように,外資系企業の進出は単なる資本の投下だけでなく,経営資源をパッケージでホスト国に持ち込むものである。特に大企業の進出はマレーシアのような小国では工業化を急加速することが可能である。また,工業製品輸出の増大,新たな雇用機会の創出,技術移転の促進など,外資主導工業化のメリットについては既に多くの指摘がなされている。

 一方で,外資への過度の依存は弊害をもたらす可能性がある。進出した多国籍企業の戦略をもとに考えると,いくつかのヒントが得られる。マーケットの動向,生産立地,ビンテージ効果などを勘案すると,長期間にわたって操業しているマレーシアの製造工場の戦略的な地位付けに変化がおこる。しかし,それは製品の高度化などに限定される。彼らが自力で研究開発や新たな製品分野に進出する余地は限られ,製造過程での生産効率を上げることはあっても,配置される機能自体は現状維持,すなわち生産に限られる。上記のマレーシアの電機・電子産業などもその例に漏れない。子会社に与えられる機能は本社の戦略により決定されるのである。

 多国籍企業にとっての海外生産の中心が中国に移ったあと,先行していたASEAN4の外資系企業の役割は相対的に低下し,一方で,近年,ベトナムやインド,更にはミャンマーなど,外資の受け入れで競合する国々があらわれてきた。このようななか,裾野産業もあまり発展していないマレーシアなどでは現状は維持できても,新たな投資を呼び込むことが難しくなってきている。

 地場企業の育成が1980年代から叫ばれ続け,こつこつと積み上げた技術で少しずつ成長した企業もあるが,製造業における全体的な底上げが進まないなか,マレーシアでは所得水準も上がり,産業構造の高度化や脱工業化が進み,人々は金融やサービス産業に流れ,実際に工場で働く人々の多くは外国人労働者になっている。外国人労働者の受け入れ自体,苦肉の策であり,外資系企業の将来的な生産立地の再編を予感させるものである。外資により急速な成長を経験したマレーシアの製造業ではあるが,性急な工業化はそのツケをどこかで払わなければならないのかもしれない。

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