世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.729

日本の国のかたち(その4)

三輪晴治

((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)

2016.10.03

アメリカの新しい動き

 このようにして,今日のアメリカは大長期停滞と政治経済の混乱をきたしてきたが,今アメリカでは,国の支配エリート層に対する国民大衆のレジスタントが起こり,もはや大所得格差を是正しなければ国が回って行かなくなりつつあると認識したのである。アメリカの凄いところは,こうした行き過ぎに気づき,制御のグリップを元に戻そうとしていることだ。

 これまでのアメリカの「国民的公益」はアメリカ人という人類のみを対象にしていたが,それでは十分ではなく,人類だけではなく「生物全体」,「地球環境全体」を入れた持続的な「地球全体の公益」に変えつつあるという。

 日本には,その修復・再構築の力と原器としてのメーターが無いので,その認識も,それへの動きも全く起こらない。

 ドイツはゲンルマン民族として苦難の歴史の中でどう動き,生き抜くべきかを知っている。イギリスもそれが分かっている。新しく首相になったメイ氏は,毅然としてサッチャーリズムを否定し,経済社会の再構築に動き出している。

 残念ながら,日本はまだそのあたりが分かっていない。

 つまり,今やアメリカでは,1975年に「ディレギュレーション」をしたものをもとの制御に戻し,特に産業・通商エンジンの制御のグリップを元に戻さなければならないと認識し,いろいろの階層のものが動き始めている。最近のアメリカの動きはそれを示している。これはアメリカの「奔馬と御者」という「国のかたち」で,行き過ぎればそれをもとに戻す制御力がアメリカにはあるのだ。

 これにより大所得格差を是正し,国民大衆を豊かにし,生産された商品を買うことが出来るようにするのである。

 勿論これには既得権者の猛烈な反撃があるであろうが,アメリカはこれをやり遂げるであろう。

それでは「日本の国のかたち」をどうするか

 21世紀の世界で日本が再発展し,平和な世界経済の発展に寄与するには,どのような国のかたちを持つべきか。アメリカの同じ国のかたちにするのではない。それはできないことだ。ましてや戦争のできる国にすることでもない。

自己決定能力

 日本の国のかたちについて重要なことは,日本が自分の頭でものを考え,自分で決定する能力である。先にも見たように,国が亡ぶのは,外敵の侵略によるのではなく,「自己決定能力の喪失」のためである。日本は,アメリカの安保条約による日本への締め付けにより,日本の思うようなことができなかった。アメリカの要求するところが日本にとっても良い限りは問題ないが,そうでもない状況が出てきている。エネルギー政策,原子力政策,農業政策,産業政策,金融政策,アメリカの意向を無視して行動することはできない状態である。ただこれはアメリカのせいだけではない。日本人自身が自分の頭でことを決め,行動することに弱い。日本は自分で考えずに,他人の尻馬に乗ったり,人の真似をする癖がある。黒船に弱い。アメリカの「パウエル・メモ」の尻馬に乗ったのは日本の小泉内閣である。多くの日本企業の意思決定も外敵を想定しなければ,できないようになっている。そういう意味では,日本の「自立(独立)宣言」である。

 「日本の憲法」は平和への強い祈りである。世界のどの国にもないものである。日本の憲法は,存在する日本の国を前提にして,平和な国家として維持することを祈願するものである。これそのものは大変尊いことである。しかしそれだけでは,日本は21世紀の世界では生きてゆけない。勿論,戦争のできる国にすることではない。

 平和の軸と同時に,もう一つ国民の福祉繁栄を推進する産業のエネルギーとそのエンジン,そして制御力という軸を持つ必要がある。これは,必ずしも憲法の中に入れる必要はないが,何らかの形で「国のかたち」として記す必要がある。それは日本国民だけではなく「自然環境」を入れた繁栄を推進するものでなければならない。これが今世界で求められているもので,東洋思想,有識論をもとに日本が世界に貢献できるところである。

国の力

 国防は国家にとって極めて重要なことである。しかし,国防は戦争ができる国になることではない。武士道は,戦わないとこ,人を殺さないための気力をもつことである。竹中半兵衛と黒田官兵衛が追い求めたように,武士道は民百姓を豊かにするためのものである。空手の奥義は逃げることだという。

 世界は戦争に疲弊している。EUは互いに戦争を止めようとして作られたものである。従って,今日本を戦争ができる国にすることではない。アメリカの真似をして核兵器を持つことでもない。真の「国力」は,国民を豊かにする力であり,それは産業力,科学力,イノべーション力,そして外交力である。

 日本は,核兵器を造ろうと思えばすぐできる。3か月あれば攻撃開始できるという。プルトニウムは捨てるほどある。でも実際に核兵器は造らない。これを「戒律」としてもつ。このことだけで十分であり,これが抑止力である。

 ドイツは,かつていろいろの国に痛めつけられた経験から,「ジャガイモを床下に隠す」といわれているように,ものづくりで,黙々と国の富を蓄積してきている。ドイツは暴発する金融資本には手は染めないと決意しているし,産業の限りない量的拡大はしないと決めている。ニッチな市場で世界の70%以上を支配している足を地につけた「グローバルニッチの隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業力の高い企業群がドイツの経済をドライブしている。決して量を追わないし,N乗の発展を狙わない。ただ最近世界の自動車産業の競争に煽られVWは不正行為までしてしまい,その道を外してしまったが,ドイツはこれを猛反省しているところだ。

 日本も,独自の「産業・通商の発展エンジン」とその「制御力」を持たなければならない。

 日本は,東京オリンピックに酔いしれるのではなく,これから「21世紀の日本の国のかたち」を描く動きを開始することだ。これから3年ぐらいかけて,日本の国のかたちの「制度設計」をしなければならないが,そんなに時間は残されてはいない。

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