世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.714

世界経済の新しいうねり(その4)

三輪晴治

((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)

2016.09.12

 資本主義経済活動から,この「倫理」の摘出をもたらしたきっかけは,1971年に,檄として発せられた「ルイス・パウエル・メモランダム」であった。

 アメリカのリッチモンドの弁護士であったパウエルはこう告げている。「思慮ある人なら誰でも,アメリカの経済システムが襲われ,破壊されていることを疑うものはいない。あらゆるところでそれが起こっている。アメリカのシステムに反抗するもの,社会主義か国家統制主義(共産主義かファッシズム)を好むものによって,破壊されつつある。反対者の中には,あたかも健全で,建設的な批判者もいる。我々が恐れているのは,過激なものや,一部の社会主義者ではない。もっともらしい建設的な批判者が,アメリカの企業システムを着々と弱体化していることであり,そしてある時突然彼らがアメリカ・システムを破壊しようとするものである。……」という檄を飛ばした。

 とにかく,このままだと,アメリカの自由企業制度が「決定的に衰弱あるいは崩壊」しかねないとパウエルはビジネス界に警告は発した。そして,これは「企業側の政治的影響力があまりに弱い」ためであると力説し,企業に有利な法規制をつくり,過剰な福祉社会を解体しなければならないと檄を飛ばしたのだ。企業は,政治力が不可欠なものであるということを認識しなければならないとし,企業のワシントンでのロビー活動に火をつけ,煽った。そして企業から膨大な金が政治にわたり,福祉制度を骨抜きにし,労働者ではなく企業よりの制度をつくりあげていった。その上に,経済学者のミルトン・フリードマンが「自由市場原理主義」を唱え,パウエル・メモの檄に油を注いだのであった。

 ミルトン・フリードマンの新自由主義が油を注いだ。フリードマンは「企業には株主のための利潤を最大化すること以外には,社会的責任はない」と言った。彼に従えば,利益の一部を社会的貢献のために使うのは,株主の利益を盗む窃盗だということだ。

 勿論,資本主義の歴史の初めから,経済的な詐欺的行為,犯罪はあった。1929年のニューヨーク株式市場が突如大暴落し,大恐慌に陥り,国民の富は吹っ飛んでしまった。しかし株式の上昇と突然の大暴落には何かきな臭いものがあると睨んだ政府は,それを徹底的に調査することにした。1932年弁護士上がりのペコラを委員長とした「ペコラ委員会」を組織し,調査を進めた結果,株式を操作した違法な手口がいろいろと明るみにでた。そこでこのような詐欺的行為,違法行為を防ぐための仕組みを証券管理部門と組織し,違法,詐欺を摘発し排除する強力な部隊をつくった。それにはFRB,州兵,湾岸警備隊をも動かす力を持つ。銀行と証券の分離,詐欺かどうかを判定する10B-5という部隊も組織し,それ以降1980年ころまでは,大きな詐欺的事件を厳格に取り締まってきた。こうしてアメリカでは1945年から1980年まで資本主義経済として極めて調和のとれた福祉社会として発展したことは誰でも知っている。

 「何が正義で,何が平等かという点での理論的なコンセンサスはなかったが,これらのトレンドが重なり合うことで,先進民主主義社会では20世紀中盤を通じて,富を再配分して格差を是正していく政策を支える政治的・思想的基盤が形作られた。だが,この数十年間でこれらのトレンドの全てが覆された」(『平等と格差の社会思想史』ピエール・ロザンヴァロン フォーリン・アフェア―ズ・リポート 2016 No.2)

 「資本主義と民主主義間の緊張と妥協が相互に作用することで,現在の政治と経済が形作られてきた。第二次世界大戦以降の30年間で民主主義は労働保護法,金融規制,社会保障制度の拡大などの一連のルールを導入することで市場が創りだす猛威を緩和してきた。だが1980年代にグローバル化,規制緩和,ボーダーレス化が進み,資本主義が再び猛威を振るうようになり,今や,資本市場と市場のプレーヤーたちが,民主的政府が従うべきルールを設定している」(『終末期を迎えた資本主義?』マーク・プリス フォーリン・アフェアーズ・リポート 2016 No.8)

 パウエルの檄を実際に実行し,そして資本主義から「倫理」を剥奪させたのは,1981年にアメリカの大統領になったレーガンである。資本主義経済社会の「拮抗力」としての労働組合,消費者活動を骨抜きにし,規制を取っ払って企業に大手を振って労働者のリストラと称する首切りをさせ,賃金を下げ,その結果利益が上がった分経営者は自分の報酬をどんどん増やしていった。このパウエルとフリードマンの考えをもとに,膨大な金融資本・ヘッジファンドがアメリカ産業を短期的な利益追求に走らせ,多くの産業を弱体化してしまった。このようにしてアメリカはウオール街と手を組み,アメリカ経済の金融資本化を進め,グローバリゼーションの名のもとに世界の富を収奪することに走りだした。しかしそれがほどなく壁にぶち当たり,収奪するものが無くなり,自国の民衆を徹底的に搾取した。これがサブプライムローン・シンドロームである。最近では世界的に,政治においても企業においても,指導者が自分の利益のみを追求するようになってきている。

 その結果が1981年からのアメリカの大所得格差となった。

 トマ・ピケティは,間違って,「大所得格差は,資本主義の運命で,自然な成り行きだ」といった。そして「1945年から1980年までのアメリカの所得格差の縮小は戦争という特殊な事情によるもの」としたが,そうではない。アメリカ資本主義の黄金時代を築いたのは多くの開明的な政治家,企業家,民主化運動を進めた人達である。

 明確なことは資本主義経済が「商品経済」であるために,企業により生産された商品を国民大衆が購入し・消費しなければ経済社会は成り立たないものであることだ。重要なことは,「国家の富は消費者の富によって左右されるということだ。深刻な経済危機と政治的混乱を経て,各国政府はようやく消費者を経済システムの中核に置かなければいけないことに気がついたはずだが,現在の指導者たちは,その教訓を忘れてしまったようだ」(『人がモノを買い,消費する前提は何か——消費者の富と国家の富』ビクトリア・デ・グラツィア フォーリン・アフェアーズ・リポート 2016, No.7)

 大所得格差の状態では,国民中間層の購買力がなく,企業が生産した商品が,売れないのである。企業が労働者を削減し,賃金をカットしてきたことは,企業は自分で自分の首を絞めることになったのに気付かなかったのだ。これに対して世界の国民中間層が,エリート支配層に対してレジスタンスを始め,それを知らしめたのだ。これがトランプ・サンダース現象であり,イギリスのEUの離脱現象であり,世界の民衆のレジスタンスである。

 しかし,日本経済社会も大変クリティカルな状態であるにもかかわらず,なぜか日本の民衆は一向に動かない。「ゆでガエル」になっているのだろうか。あるいは国に対して不信を深め,諦めてしまったのだろうか。

世界経済長期停滞の打開への道

 20世紀の覇権国としてのアメリカ経済は,シェール石油開発などでエネルギーの自立により国力を高めて来,再びアメリカは世界一の経済力を保持すると言ってきたが,どうもそうではないようだ。世界的な需要の減退により,石油の過剰,石油価格の下落で,アメリカのシェール石油業界は4兆円の赤字を抱え,サウジなどの出方により更に悪化するとみられており,産業は伸びていない。

 アメリカは,基本的には外国の資金を借用し,それで買える所得の無いものに金を貸し付けて商品を買わしている状態で,「架空の需要」で自動車産業も住宅産業も何とか息をついている。異常なサブプライムローン問題が未だに存在しているし,アメリカの「家計の債務」は,今やリーマンショック直前よりも,大きくなっている。資産価値が少しでも下落すると,また大変なことになる状態だ。経済のファンダメンタルな要素として,最近アメリカの「貨物の輸送量」が減少しているという情報もある。そして最も重要な国民の実質所得は伸びていない。だからFRBのイエレンはなかなか利上げができないで困っている。イエレンは中国経済の不安を理由にしているが,アメリカの実体経済そのものが不安なのである。

 アメリカも世界経済政治を牽引する役割を降りようとしている。もうそんなにアメリカも経済力がないからである。そのアメリカの国民が支配層に対してノーを突きつけているのだ。EUでは,ユーロ安を利用して輸出ドライブをかけているドイツの独り勝ちであるが,それは結果的に他のEUの国が犠牲になっているためで,ドイツが世界をドライブする力はない。ましてやリーマンショック以来経済が低迷して一人負けと言われている日本がドライブできるわけがない。中国はあらゆる産業で不良債権,ゾンビ企業を抱えこれをどう収束させるかで苦労している。

 世界的に金融緩和,財政投資はしたが一向に経済は良くならない。実質利子率を下げても,消費が伸びない。 需要喚起されない。金融緩和しても企業は投資をしない。金融緩和と財政投資は「政策飽和」状態になっている

 今日の世界の国の経済はどこも疲弊し,発展をドライブする国が見当たらない。

 しかし世界的に2000年から経済の停滞に襲われ,いろいろとそれを克服しようとして手を打ってきたが,一向に良くならない。その中で国民大衆はますます貧困化してきている。誰もどうすればよいかが分からない状態で,大きなフラストレーションが積り,爆発寸前になっている。何度も指摘したように,これがトランプ現象となって表れているのだ。

 日本も,失われた20年の間,いろいろのことを試みたが,よくなるどころかますます悪くなっている。国民は疲弊しているが,レジスタンスも起こさない。諦めているか,ゆでガエルになっている。

 レジスタンスをするだけでは,前に進まない。トマ・ピケティは,大格差は資本主義の運命であると言った。せいぜいあるのは相続税を高くすることだと言う。勿論これは解決策にならないことはいうまでもない。

 しかし良く冷静に考えてみると,ちゃんとした先に進む道があるのだ。筆者の言わんとすることは,つい40年前に,資本主義社会は格差の少ない,国民中間層が豊かになり,経済が発展した1945年から1980年の資本主義の黄金時代という実績がある。勿論そこにもいろいろの問題はあったが,今日とは天と地の差である。この黄金時代の社会経済構造がある者たちの手で人為的に破壊されたことは,先に述べた。その破壊した手口もちゃんと分かっている。何を修復し,何を再構築すべきかということが分かっているのだから,これからこの修復・再構築作業を進めようと言うことである。

 そこに進むべき道があることが分かると,どんなに貧乏でも,逆境にあっても希望が持て,前に進める。戦後の日本の状態を思い起こせば分かる筈だ。イギリスも,アメリカも,EUも,この道を進めば,先が開けてくる。いやアメリカは既に動き出している。中国もそれに気付いている。日本人はすぐ「煮えている釜」から飛び出さなければならない。

 しかしアメリカがこれまで行動してきたのは,ヒロソフィーとして「一神教」であったが,これでは世界経済は先に進めないことは,アメリカ人も気付いている。東洋の多神教,有識論を基にしなければならない。資本主義の分業は他を認めることであり,他を信頼することである。(つづきは,その5へ)

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