世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.710

世界経済の構造変化と新興国

平川 均

(国士舘大学21世紀アジア学部 教授)

2016.09.05

 1990年代末,A.G.フランクの大著『リオリエント』が注目を集めた。ドイツ生まれの経済学者の彼は,「アジア」を停滞と結びつけて捉えるヨーロッパ中心の歴史観を批判し,1400~1800年の歴史の中で如何にアジアが世界と結びつきながら大きな富みを産み出してきたかを明らかにした。大戦後,アジアに生まれた新興独立国が経済的停滞から抜け出すことに多くの人々が疑問符を付けていた。そうした中で経済成長を始めたのが韓国や台湾,シンガポールなどのNIESであった。フランクの主張は東アジアの成長に支えられた歴史の再検討であった。

 それからまだ20年を経ていない。東アジアが成長を始めた時期から数えても,やっと半世紀を過ぎただけである。だが,私たちの前に今ある世界は当時とはまったく別のものである。21世紀に入って国内外の主要な経済や金融の研究機関は,今世紀の中頃にはアジアが世界の富の半分以上を産み出す,近い将来,主要な経済大国は現在の先進国から中国をはじめとする新興国に代る,アメリカの地位さえも今や安泰とは言えない等々の展望を示すようになった。もちろん,そうした推計や展望は多くの前提条件が置かれており,中国がアメリカの経済力を上回ることなど到底考えられないと,ほとんどの人が思うかもしれない。楽観的な展望に過ぎないと考えることも出来ない訳ではない。

 だが,過去半世紀近く,私たちが抱いた新興国に関する常識は常に裏切られるものではなかったか。1980年代にはNIESの発展は本物か否か,今世紀に入ると,先進国と新興国の経済変動は連動しているのか否か,そして,中所得国は先進国になれるのか否か等の議論がなされてきた。もちろん全ての中所得国が先進国になることはないに違いない。しかし,新興国の成長の現実が,経済学の関心を目まぐるしく変化させている。

 この間の変化で注目すべき現象は,言うまでもなくグローバリゼーションであろう。グローバル化は単に金融の領域だけではない,金融の自由化以前から財はもちろん企業の直接投資とそれらに伴う技術移転はかつてなく高まっていた。人の移動も加速している。各国の経済は国境の壁が低くなることで,また政治的要素が大きく加わることで,一国の枠内での分析の限界を見せつけている。興味深いことは,主要な資本主義先進国の採る様々な政策と企業行動が新興国に大きな影響を与え,それは多くの場合,新興国に有利に展開する構造を生んでいることである。しかも,その構造は変化している。

 対外直接投資の圧倒的部分は,つい最近まで先進国間の相互投資であった。先進国が相互に資本と技術を移転し合い,発展していた。しかし,1960年代以降,先進国間相互投資の陰で安価な労働力を求める製造業企業の新興国への進出が生れた。先進国市場への逆輸出が主要な進出目的であった。NIESはこの機会を捉えて発展であった。だが,今世紀に入って新たな動きが加速的に強まっている。先進国市場の飽和状態に突き動かされた行動といえるが,先進国企業による新たな市場創出の動きである。成長の大きな可能性を持つと思われる国(潜在的大市場経済)へ向かって,先進国の企業は進出を加速させている。BRICsがそうした進出先の典型国である。今では,世界の6割を超える直接投資が発展途上地域と移行経済から成る新興国に向かっており,多国籍企業の収益も大きな部分が新興国からあげられている。情報通信技術(ICT)の劇的な発達は,先進国の社会経済活動を急速に変化させているが,それだけではない。新興国の発展に新たな可能性を与えている。ここで注目したいのは主に財においてではあるが,市場が新興国に生まれている現実である。

 潜在的な市場の拡大可能性は,それ自体がグローバル化の中で世界の資本や技術を吸い寄せる。そして,成長の基盤がその市場にある限り,そこで生み出される生産物はやがてはその市場の要求を満たすものへと変わるだろう。それはまだ少し先の話のようであるが,意外に早いかもしれない。

 成長する主要な市場が新興国にあることによって,もう1つの可能性が産み出されている。市場はこれまでアジア太平洋にあった。それがアジアに移る。近年急速に高まっている安全保障上の課題等を別とすれば,中国,インド,そして2015年末に誕生したASEAN経済共同体などから成るアジアは企業活動の主要な空間となるだろう。今や世界第2位の経済大国に成長した中国の習近平国家主席の提唱する「一帯一路」構想やAIIBの誕生も,東南アジアから南アジア,中央アジア,東欧,アフリカなどへのインフラ投資を加速させ,それに対抗する日本の援助政策も新たな地域経済の誕生を後押しすることになるだろう。目先の動きに囚われず,冷静にアジア経済の現実を直視することも重要ではないか。

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