世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.709

世界経済の新しいうねり(その2)

三輪晴治

((株)ベイサンド・ジャパン 代表取締役)

2016.09.05

終末期を迎えた資本主義?

 マーク・ブリスはこう考える。「資本主義と民主主義の緊張と妥協が相互に作用することで,これまで政治と経済のバランスが形作られてきた。労働者は労働搾取を試みる資本家を抑え込み,企業は労働者の生産性を高めるための投資を重視するようになった。これが戦後における成長のストーリーだった。しかしいまや政府は戦後の税金を前提とする国家から,債務を前提とする国家へと変貌している。この変化は非常に大きな政治的帰結を伴った。政府債務の増大によって,国際資本が,各国の市民の望みを潰してでも,自分たちの意向を各国政府に強要する影響力をもつようになったからだ」(『終末期を迎えた資本主義?-もはや民主政治では資本主義を制御できない』フォーリン・アフェアーズ・リポート 2016,No.8)

 資本主義経済はグローバル化により地球のあらゆる周辺国から富を収奪し,発展のための果実も食べつくし,適応の限界に来た。この30年間でトップ1%の人の所得が国民所得に占めるシェアが倍増したのに対して,下から60%の人の所得は横ばいを辿っている。これ以上収奪する富が無くなり,環境破壊の進むなかで,もはや資本主義は終末期にさしかかっていると言っている。

 これは水野和夫氏の言う「金利の動き」にも表れている。「資本主義の最終局面にいち早く立つ日本。世界史上,極めて稀な長期にわたるゼロ金利が示すものは,資本を投資しても利潤の出ない資本主義の『死』だ。他の先進国でも日本化は進み,近代を支えてきた資本主義というシステムが音をたてて崩れようとしている。16世紀以来,世界を規定してきた資本主義というシステムがついに終焉に向い,混沌をきわめていく『歴史の危機』。世界経済だけではなく,国民経済をも解体させる大転換に我々は立っている」と言っている。(『資本主義の終焉と歴史の危機』)

 16世紀末から17世紀初頭において,ヨーロッパで最も繁栄したイタリアの山の頂上まで葡萄畑ができ,それ以上植えるところが無くなった。これ以上資本を投資するところがなく,利子は下がり,それまでの史上最低の1.125%になった。利子率は資本利潤率に等しく,2%以下になれば,資本側に得るものはゼロに近くなり,資本主義活動は停止する。これを利子率革命と言う。

 今世界的に金利はゼロに近いし,日本はそれより悪く,マイナスである。世界的に企業の利益率は下がっている。日本のそれはもっと悪い。東証1部上場企業の半数以上の1000社が,PBR(株価純資産倍率)が1以下になっている。日本はそれでも労働者の分け前を資本側に取り込んでいるので,労働者は疲弊しているが,日本産業の平均利益率は何とかゼロにはなってはいない。しかしこれでは新しい投資が起こらないということだ。

世界経済長期停滞

 こうした「世界経済のうねり」の背景を見ておこう。

 ローレンス・サマーズは,先進国経済では貯蓄性向が増大し,同時に投資性向が低下してきており,これから世界的に長期停滞が続くと言った。世界経済の「需要」が急速に縮小してきて,本格的な「長期停滞」に突入したと言うのである。今世界には「二つの月」が動いている。その両方とも「欠け」始めている。中国の月とアメリカのFRBの月である。世界の「経済の潮」が引き始め,多くの船舶=産業丸,資源丸が座礁し,海水が船に浸水し始めている。欠ける二つの月が重なると惨事になるということだ。世界的に過剰な生産設備・資源・商品の削減,整理が起こり始めている。中国の鉄鋼業の半分はゾンビ企業であり,日本企業でも隠れた不良債権を抱えていると言われている。

 世界の投資家は,儲かる投資先がなくなったために世界から資金を引き揚げ始め,あるものは金に向っている。膨大な不良債権の岩礁があちこちで現れてきている。心配なのは,これにより,これから必要で有用な生産設備・資源・技術までも消されてしまう恐れがでてきたことだ。

 この「長期経済停滞」の本質は,2008年のリーマンショックの「二番底」である。「一番底」で過剰金融の整理をして,「二番底」で過剰生産設備・過剰資源の整理が起こる。

 リーマンショック後に中国が4兆元の財政投資をし,世界経済の恐慌の惨事を食い止め,アメリカも日本も異次元の金融緩和,財政投資をした。しかしこれが問題を先送りしたことになる。これが「負債デフレ」をもたらし,世界の「需要」が急速に縮小しはじめた。問題は,2016年2月のG20でも,「世界経済の見通しの下方修正のリスク」程度にしか見ていないし,新興国経済の問題だとしていることだ。先進国経済そのものが問題であることだ。

 1929年の大恐慌の二番底のときは,世界大戦による「戦争経済」で何とかごまかした。2016年の二番底をどうして潜り抜けるのか。再び戦争を起こしてはならない。

 しかし問題は,単なる過剰生産設備による不良債権問題,デフレ問題ではない。資本主義経済社会の組織構造がこの40年間人為的に破壊されてきたということだ。それが徐々に起こったために,人々は自然にそうなったと感じていることだ。トマ・ピケティは「所得の大格差」は資本主義の運命であるとしているが,これも人為的に破壊されたための結果であることを認識しなければならない。

 アメリカのトランプ現象は,「経済格差が拡大し,多くの人が経済停滞の余波に晒された数十年を経て,アメリカの民主主義がついに問題の是正へと動きだしたということにほかならない」とフランシス・フクヤマも言っている。「近年,エリートたちがこれまでになく経済的にうまくやる一方,殆どの米市民の所得は停滞し,必然的にアメリカの経済格差は拡大した。これは否定しようのない事実だ」「アメリカ政治の重要なアジェンダとして格差が登場したのは,今回が初めてだ。説明が必要なのは,なぜポピュリストたちが大きな支持を集めたかではなく,格差が政治のアジェンダとして浮上するのに,なぜかくも長い時間がかかったかだろう」(『2016年の政治的意味合い——アメリカの政治的衰退か刷新か』フランシス・フクヤマ フォーリン・アフェアアーズ・リポート2016 No.7)。(つづきは,その3へ)

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