世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.702

リオ・オリンピックで垣間見た中国スポーツ業界のグローバル化

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2016.08.29

 第31回夏季五輪リオデジャネイロ大会は,8月21日の閉会式をもって終了した。日本が獲得したメダルの数は,金銀銅併せて41個。マスコミ各紙はこの成績を,これまで最高だった2012年のロンドン大会の38個を上回る快挙と一様にコメント,次回東京大会への盛り上げに早々と協力の姿勢を示している。

 閉塞感を脱しきれない日本にとって,2020年の東京オリンピックは今や,社会に求心力を持たせる最も効果的,且つ,具体的な中期目標。その重要性は,各種の社会活動分野(ビジネス,経済,文化,政治など)で,今後益々大きくなって行くはず。だから,オリンピックの当該国社会への影響,そんな目で海外の新聞に目を通していると,面白いコメントがあったので,その幾つかを紹介したい。

 例えばタイのバンコック・ポスト紙。曰く「スポーツ関連の産業活動は,中国や日本,韓国では,GDPの1~5%の範囲を占め…中国ではサッカーやバスケットボールなど,人気選手がいるスポーツでは,多額の金を払ってスポンサーが付き,宣伝費を出す企業が後を絶たない…東南アジア諸国がこうしたメリットを享受するためには,今後,メダル獲得競争への参加,ビジネス機会の模索,大規模な競技大会の招致の3つが課題だ」(8月22日付)。

 米国のニューヨーク・タイムズ紙は,そうした中,中国に焦点を当て,次のような観察を披歴する。「リオの金メダル争いで,米国に次ぐ2位を狙う中国(実際には,この記事のあと,英国に抜かれて3位になった)。しかし,リオ大会での中国の金銀銅合計の獲得メダル数は伸び悩んでおり,国内ではその原因を巡って議論が活発化している…」。

 「これまで,中国国内では地方の小さな村落から,運動神経俊敏な子供たちを,親たちが積極的に,国策に沿う形で,厳しい訓練を施す国直轄の施設に送り出していた」。それが,子供たちの将来にとって,希望の扉を開くと信じられていたからだが,「中国が経済発展した今,そのような空気が次第に薄れてきている」という。同紙(8月19日付)が指摘しているのは,中国社会に次第に浸透している豊かさの感覚が,オリンピック選手育成プログラムにも微妙に影響している様なのだ。子供たちを,社会で上昇する唯一の道のために,“厳しさに耐え抜かねばならない”施設に送る。恐らく,そんな気分では最早なくなっている,というわけだろう。

 ニューヨーク・タイムズの別の記事はまた,卓球の世界での中国選手たちの意識変化を指摘する(8月18日付)。「リオ大会の卓球試合に出場した172名中,中国生まれの選手は少なくとも44名。その内,中国を代表したのは6名のみ。他の38名は,他国に移住し,その国の名の下でオリンピックに参加している…」。

 ここに顔を出している事実は,卓球というスポーツの中国独占の実態。それは,例えば,かつての日本の柔道の様なものだろうが,柔道と違って,未だに卓球での中国の力が強く,他国の選手が育っていない現実。さらには,その空白を,中国で育ち,他国にリクルートされた選手たちが埋めている実態だろう。それは,かつて,日本の家電メーカーを退職した技術者たちが,中国や韓国企業に雇われていた状況にも比することが出来そうだ。

 ニューヨーク・タイムズ紙の記事は,次の様に補足する。「中国では,全国から国を代表する卓球選手が補強されているが,その補強枠は男女それぞれ50名のみ…」。それ故,1978年の改革開放以降,そうした枠から外れた中国選手が,卓球強化を求める他国からの勧誘に乗り,移住したとしても,何ら不自然ではあるまい。今回のリオ大会でも,卓球競技に参加した56か国中,中国を除く21か国が,上記の様な略歴の中国生まれの選手を自国代表として送り出している。こうした選手気質の変化や,選手育成環境の変質にも,“現在の中国がかつての中国と微妙に変わり始めている実態”を読み取るべき。

 とはいっても,上記8月19日付のニューヨーク・タイムズ紙は,次のように指摘して記事を締めくくる。「中国社会には,日本に対する“深い恨み(Deep Rancor)”があり,中国政府は既に,東京大会でもメダル争いで優位に立つことを,スポーツの各分野関係者に要求し始めている」。経済力が社会の価値観に影響を与え,それでもなお,“政治は,昔ながらのナショナリスティックな感情から離れられない”ものなのだろう。

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