世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
21世紀・世界情勢の変動:米立ち直りと中国混迷と日本
(日本国際フォーラム 上席研究員)
2016.07.11
Ⅰ 国際支配体制変化の長期・深い影響
1.歴史を見ると国際支配体制の変化は,長期の・深い国際変動をもたらし,新しい体制安定は40年の時間を要する。1789年のフランス革命は,ナポレオンの登場を齎したが,ウイーン会議を経ての大英帝国成立は1820年代である。欧州列強の支配は第一次大戦,大不況,第二次大戦を経て,1950年代の米ソ二極となった。1989年のソ連崩壊は,今も,長期の・深い影響を及ぼしているが,過去から見ると2020年代は大注目である。
2.Kenneth Waltzは一極体制は,覇権国が傲慢になり,長く続かず,多極になるとした。
①確かに,冷戦後,唯一の超大国となった米国は中東で過剰伸張となり,世界金融危機の惹起につながり,G20が出現した。以来,米国は自国経済の回復と中東からの兵力撤退を優先し,オバマ外交は弱虫と批判された。
②中国はソ連崩壊により,北からの脅威が消滅し,経済発展に専念した。世界金融危機時,中国は4兆元対策により,世界第2の経済を実現したのみでなく,不況の世界経済を支え,世界貿易NO1となり,大国の意識・主張を強めた。2012年,共産党総書記となった習近平は,中華民族再生の夢を唱え,米中は世界を支配する特別な2国関係だと規定し,一帯一路のユーラシア構想を推進した。
③ソ連崩壊を最も享受したのは欧州である。久しぶりの平和は欧州を活性化し,EUは東欧に急拡大した(ロシアは不愉快だった)。ユ-ロ導入による金利低下は周辺諸国の経済発展を促し,ユーロはドルと匹敵するとの観測も出た。しかし,世界金融危機はユーロ体制の不備を露呈し,経済はマイナス成長と高率の失業を結果した。かかる欧州にとって,英国もさることながら,Volkswagenやドイツ銀行問題を抱えるドイツにも中国の経済支援は貴重である。
3.世界情勢は2014年,ロシヤのクリミヤ併合後流動化し,ISILの台頭,中国の南シナ海岩礁埋め立てが始まった。露中の接近は中国を利したが,2015年中国は,英国を筆頭に欧州諸国,ロシヤ,アジア,アフリカ諸国などを味方につけ,米国の反対を押し切って,AIIBを発足させた。中国のGDPが米国を超えるのは遠くないと,2極以上ともいえる国際影響力を誇った。
Ⅱ 米国の復活と中国の混迷
1.しかし,2015年は国際情勢の潮目が転換した年でもあった。まず,中国の海洋秩序の力による変更への非難が高まった。中国は南シナ海で7岩礁の軍事基地化を加速し,フィリピン,ベトナム,インドネシアと対立した。日米は航海の自由を主張し,フィリピンは国際司法裁判所に中国を訴えた。
2.中国により深刻なのは,新常態経済移行の困難である。2015年夏以来の株価暴落への強権介入が2016年も続いたが,2014年夏4兆ドルに膨張した外貨準備が急減に転じ,16年春は3兆強ドルに減少した。貿易も不振で,16年第1四半期に限れば,中国は世界貿易NO1の地位を米国に譲っている。中国政府の経済運営への信頼が内外で揺ぎ,最近は経済路線を巡る党内対立が表面化する異常事態だが,来年の19回党大会に向けての人事に目が離せない状況である。
中国は,貿易力,金満外交などを多用し,強制外交をしてきたが,経済減速と外貨準備減少は経済強制外交の影響力を減殺する可能性が高い。中国は,立党百年の2021年に向けて,軍事力の大幅増強と軍の大規模改革の最中だが,今後,対外軍事路線への依存を強めないか,今後の中国外交の注目点である。
3.他方,米国は世界金融危機後,米経済再生と中東からの軍隊撤退に集中した。予算管理法の制約のもと軍事費も削減され,オバマ大統領は弱腰と批判される安全保障政策をとり,これが2014年以来の世界情勢の流動化の一因とされる。しかし,財政赤字も今やGDP3%を切り,金融危機打撃をほぼ回復し,連邦準備制度は15年12月以降金利の引き上げに転じている。安全保障面でも,ロシヤや中国の攻撃的姿勢に対し,周辺国は米国との連携を深めている。ISILも弱体化し,イラク状況も好転している。レームダック期ながらオバマ大統領の人気は高く,クリントン候補の応援演説にのり出している。クリントン候補勝利の場合は,アジア重視の高まりもあり得よう。トランプ氏当選の場合,世界は改めて挑戦を受けるが,議会の強い権能による暴走の制約を期待する。
4.以上の中でのBrexitだが,東方拡大の結果の移民問題への反感を後押しした。震源地の英国の株は戻し,他の欧州諸国も当面安定的だが,欧州統合はかつてのプラス期待を失い,分裂へ変転している。中東からの移民問題も各国での反対を強めている。しかも,欧州金融機関の脆弱性は燻っている。Brexitは欧州のさらなる地盤沈下の予告となろうか?
Ⅲ 日本
世界で混乱が起こると,円高は勲章だが,株が一人負けでの経済停滞は嘆かわしい。企業貯蓄が投資に点火するアニマル・スピリットに欠けるが,世界経済の激動に強い。また,政治は,極めて安定している。筆者は今年3月訪米したが,世界情勢流動化の中,日米同盟への期待が大きかった(欧州は頼りにならない)。先日の伊勢志摩サミットは安倍首相が主導性を発揮し,世界経済のリスクを指摘し,先進国の団結を図り,世界の方向を示した。
冒頭に述べた如く,世界は2020年代にありうべき新秩序に向けて変動だが,世界の安全保障を担い,経済を活性化とドルの支配力を強める米国が中核となろうか? だが,中国の経済下振れ・軍事力の増大,北朝鮮の核,暴走のロシヤ,Brexit,欧州の困難などに対し,多くの問題に対応せざるを得ない。日本の要諦は長期安定政権を保ち,主導性を高め,日米同盟の強化で対応することである。
関連記事
坂本正弘
-
[No.3517 2024.08.12 ]
-
[No.3395 2024.04.29 ]
-
[No.3360 2024.04.01 ]
最新のコラム
-
New! [No.3609 2024.11.04 ]
-
New! [No.3608 2024.11.04 ]
-
New! [No.3607 2024.11.04 ]
-
New! [No.3606 2024.11.04 ]
-
New! [No.3605 2024.11.04 ]