世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界的な食市場の拡大が与える化学産業へのインパクト
((株)東レ経営研究所 シニアエコノミスト)
2016.05.30
石化需要増大の背景に下流での幅広い用途展開
シェール革命や中国の石炭化学の勃興は石油化学製品の世界的な生産過剰をもたらすとの指摘があるが,その一方で石油化学製品の需要が世界的に増大していることを見逃してはならない。経済産業省の「世界の石油化学製品の需給動向」によると,2013年~19年にかけてエチレン系誘導品やプロピレン系誘導品の需要はそれぞれ年率3.2%(エチレン換算),同4.2%(プロピレン換算)と過去よりも速いペースで拡大するとしている。特に高成長の新興国・途上国,なかでもアジア地域で需要拡大の勢いは強い。この結果,米国や中国の石化製品の生産過剰は一時的な現象にとどまるだろう。
このような石化製品需要増大の背景には,アジア新興国を中心に樹脂やフィルム等の幅広い用途展開がある。樹脂やフィルムは,食料品・飲料品等の包装・容器,水道管などインフラ,そして機械製品など幅広い産業分野の材料であり,工業化や都市化や生活水準の向上に伴ってこれらの投入が進む。実際,国・地域別に,所得と一人当たりポリエチレン需要量をプロットすると,所得上昇に応じてポリエチレン需要量が増加することがわかる。
食市場拡大やTPP締結で包装需要の増加へ
さらに石化製品需要を増やす材料がある。世界の食市場の拡大である。人口増加や富裕層拡大に伴い2009年の340兆円から2020年には680兆円と倍増する見通しとなっている。また環太平洋経済連携協定(TPP)の締結は関連貿易の増大を通じて同市場の拡大に拍車をかける。エチレン系誘導品全体の3割,プロピレン系誘導品全体の1割が食品等の包装・容器材料として使われているため,農産物や食品の市場拡大は包装・容器材料を供給する石化産業にインパクトを与える。
日本の野菜や日本食等に対する海外の関心の高まりも無視できない。これまでも関心は高かったが,長期の輸送に耐えるものでないため,野菜や日本食等の海外販売は限定的であった。しかしTPPでは電子商取引のルールの共通化や急ぎの貨物について6時間以内の通関の義務付けなどが盛り込まれたことから,日本食がインターネット上で容易に購入できるようになる。また野菜等を栽培する植物工場そのものの輸出の試みもある。こうした動きは,容器・包装材料市場の拡大だけでなく,プラントの材料や肥料等の輸出機会を増やすことになる。
コールドチェーンの整備がカギ
ベトナムやマレーシアではコンビニエンスストアなど小売業への外資規制があったが,TPPにはこれらの規制緩和が盛り込まれている。その結果,日本の小売業の同地への進出が容易となる。近代的な小売業の展開は食品包装の増大と切っても切れない関係であり,これらの国で食品包装の材料需要が本格化することになるだろう。
もちろん,コンビニ等の事業展開に当たりいくつか困難が待ち構える。その一つがコールドチェーンの未整備である。現地の中間所得層に主要商品である冷凍・冷蔵食品等を提供するには,生産段階から販売段階まで低温に保ちながら流通させる仕組み,コールドチェーンが必要だが,地域によってはうまく機能していない。コールドチェーンの整備には,冷蔵施設等への大規模な設備投資と多額の維持費の負担が必要である。その上,現地の政府は脆弱な電力インフラを補強すると同時に,運送業と倉庫業の兼業禁止など制度的障壁を取り除かねばならない。
新興国・途上国でコールドチェーンの整備が進み,近代的な小売業の出店が増えていけば,食品包装市場の拡大につながり,これらの原料である石油化学製品への需要が強まる。日本の化学など材料企業にとって,このような海外事業拡大の好機を逃してはならないだろう。
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福田佳之
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