世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.648

グローバル成長に向けて:青い海へ

桑名義晴

(桜美林大学大学院 教授)

2016.05.30

 企業の経営戦略の分野で「競争戦略」という概念が登場して約四半世紀がたつ。1970年代後半から80年代にかけてアメリカ企業で多角化が進み,事業間競争が激化すると同時に,日本企業の輸出攻勢に合い,その競争に敗れる企業が出てきたことから,アメリカの産業界で危機感が生まれ,競争戦略が本格的に議論されるようになった。このような時代背景のもとで,アメリカのビジネスリーダーたちの「救世主」として登場したのがM.ポーターである。彼は1980年に『競争の戦略』を著し,企業がいかに競争優位を構築したらよいのかを議論した。以来,彼の競争戦略論は世界の多くの企業に導入されると同時に,多くの学者の支持を集めることになった。

 しかし,この間企業の競争環境は大きく変わった。企業のグローバル化が急進し,世界市場を舞台にしたグローバル競争が激化する一方,異業種からの参入による異業種競争もみられるようになった。このため競争のルールが変わり,夢想だにしなかったプレーヤーが登場した。ポーターの競争戦略論では説明できない競争環境になったため,近年では新たな競争戦略論が登場し,さらには「競争優位の終焉」ということも語られるようになっている。

 こうした中,いま日本企業が今後どのように世界市場の中で成長していくか,というグローバル成長が問われている。日本企業の国際競争力の源泉についてみると,それは第二次世界大戦後一貫して優れた生産技術やそのシステムに基づく高品質な製品にあった。このため,多くの日本企業は海外生産に際しても,日本国内で培った,いわゆる「もの造り」を海外にも移転してきた。しかし,近年のITやインターネットの急速な普及によって,エレクトロニクス産業にみるように,もの造りの方法が一変すると,日本企業の国際競争力に陰りがみられるようになった。日本企業は成長性の高いアジア新興国市場でも,欧米企業や新興国企業との激しい競争にさらされ,苦戦を強いられているのが現状である。

 加えて,いまの製造業におけるもの造りは,企業間の国際提携が進んだこともあって,それぞれの国の企業が得意分野を持ち寄って協業するというビジネス・エコシステム型の国際分業で行われるようになっている。このエコシステムの中で,日本企業が存在価値を示すためには他社が簡単にまねできないコア能力を持つ必要がある。そのような能力がなければ,日本企業はビジネス・エコシステムの中で,キーストーンの役割を果たせず,そのネットワークに中で埋没してしまう可能性がある。そのようにならないためには,日本企業は絶えずコア能力の構築・更新に力を注ぎつつ,ビジネス・エコシステムの他のメンバーに価値を提供し続けることが重要である。ここに日本企業のグローバル成長には,競争優位の構築から価値創造へのパラダイムシフトが必要になっている。

 他方,今後日本企業がグローバル成長を目指すためには,海外市場でまだ誕生していない未知の市場を開拓することも重要である。これはW.キムとR.モボルニュのいうところの「ブルー・オーシャン戦略」である。彼らのいう「レッド・オーシャン(赤い海)」では,多数のライバルがひしめき合っているので,熾烈な競争があり,市場は瞬く間に血に染まってしまうが,ブルー・オーシャン(青い海)では市場が未開拓であるため,ライバルは存在しない。しかしその分,ここでは顧客の将来の価値観やニーズなどを推測し,新しい製品やサービスを創造しなければならないという非常に難しい課題がある。これは他社に対して何らかの競争優位を構築するのではなく,将来の潜在的な顧客をも含めて,彼らに価値を創造することを意味する。世界的に製品のコモデティ化が進み,他社の製品を簡単に模倣でき,さらに市場に多種多様な製品が溢れている時代に,日本企業が過酷なグローバル競争から抜け出すには,このような価値創造の戦略への転換が求められる。しかし,日本企業はアメリカ,韓国などの企業と比べると,顧客への価値創造が優れているといえない。むしろそれを不得手としている

 ITやインターネットの普及によって,アジア新興国市場が一昔前とは比較にならないスピードで拡大・変化する現在,競争優位の構築よりも顧客への価値創造にウエイトを置いた戦略の方が企業の持続的な成長への夢が拡がる。同時に,そのような新興国市場は貧困問題,インフラの未整備,地球環境問題など,多くの社会問題をも抱えているので,日本企業は社会価値の創造にも力を注ぐ必要がある。それには日本企業には多様なローカル・アクターとの協働が不可欠となる。彼らとの協働を通じて新たな経済・社会価値創造のためのイノベーションに挑戦してこそ,今後の日本企業のグローバル成長への道が開けるのではないだろうか。

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