世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.602

雑感:グローバル化のなかでのマインドの趨勢変化

大東和武司

(広島市立大学国際学部 教授)

2016.02.29

 「グローバル化」という言葉が広く使われるようになって,早や四半世紀が経つのだろうか。この間に,人びとのマインドは,どのように変化したのだろうか。雑感的に考えてみよう。

 グローバル化の加速をめぐっては,「ICT(情報通信技術)」の発展が大きく寄与したとよく言われる。ICTは,さまざまな事象,知識などを地球規模で伝達・拡散する道具として優れ,その活用によってグローバル化が進展したのは確かであろう。

 翻って,受け手側の理解については,どうなのだろうか。文章,音,あるいは映像で伝えたとしても,イメージはともかく,言語情報であれば,受け手がしっかりと読み,聴いていなければ,伝わったことにならない。ICTの発展は,大量の情報を一気にしかも多数に伝えることを可能にしたが,受け手である我々は,それに充分に対応してきたのだろうか。

 確かにICTによって,情報を容易く,いわば効率的に得ることが可能になった。しかしながら,効率的な情報は,ややもするとその場限りの情報で,次につながる,心に留まる情報にならないことも多い。得た情報を咀嚼し,次の段階へと発展させようとするなら,じっくりと読み,聴くことが大切である。それには時間を要する。「考える」ための時間が必要だ。

 言語は,「伝達の道具」であると同時に「思考の道具」でもあるといわれる。そうだとしたら,ICTの発展は,さまざまな事象を広く伝えてはくれたものの,物事への我々の「思考」を浅く,平板なところにおいて,わかったこととした懸念は残る。わかったつもりになる危険である。

 「思考」にかかわっては,組織における意思決定にかかわる変化もありそうだ。グローバル化は,大競争時代ともいわれる国を越えての企業間競争・淘汰を激化させた。これは,意思決定をトップに集約させていく趨勢を押し進めた。一方でトップダウンへの推進力となったし,他方で組織内にトップダウン的意思決定を安易に受け入れる雰囲気を醸成させたところがある。

 こうした傾向は,企業組織に限られるものではなく,行政組織などにも見られる。1990年以降,人口減少都市,いわゆる縮小都市は,欧州においても,米国においても,また日本においても顕在化している。都市によって濃淡ないし表出の仕方に違いはあるとしても,要因として「グローバル化」という同時代性抜きに語ることはできないと言われる(1)。人口増が都市の成長・発展と考えてしまうなら,人口減は都市にとって危機である。となれば,企業と同じように首長に意思決定を集約させていく傾向が強まるし,行政組織内でもその意思決定に従っていく風潮が醸成されていきやすい。

 長期的にみれば,企業にしても行政にしても,全体的には「考えない組織」となっていく途なのだろう。社会全体にこうした傾向が波及しているといっていいのかもしれない。一人ひとりの思考が浅くなり,組織としても考えない風潮が進んでいくのであれば,世の中はどうなっていくのであろうか。

 加えて,こうした傾向に「エンジニアリング化」の進展が拍車をかけ作用しているように思える。サイエンスが自然や社会にかかわる原理,構造,あるいは理想の探求であるとするならば,エンジニアリングは現実に生じている問題ないし課題への対処,解決方策の開発・発見であるといえるだろう。

 コンピュータ科学者のトニー・ホーア(Tony Hoare)は,サイエンスとエンジニアリングの違いについて,長期と短期,理想と妥協,独自性とベスト・プラクティスなどをあげて説明している(2)。

 「グローバル化」は,大競争への対応,環境問題など概して即応的に解決すべき課題や問題をもたらした。日々その対応に追われ,多くはまだまだ解決できていないのが現実である。短期的な対処,成功事例の模倣,妥協の産物などと,必ずしも長期的な視点での理想や正しい結果をもたらしていない。

 「思考」が常態でなく,組織や社会なども考えることをさせず,目前のことへの対処で追われるなら,個性や独自性もなく,似たようなものばかりになってしまい,イノベーションにもつながらないだろう。多様性の良さなどもなくなってしまう。行き過ぎたエンジニアリング化ではなく,サイエンスの再認識,両方のバランスを考えることが大切になってきているのだろう。

 ノーベル化学賞受賞者の白川英樹博士は,「長年使いこなしてきた母国語の方が,より核心に迫った理解ができるし,より発想の自由度が大きいと感じてきた」(3)と,母国語で学び,考え,それを身につけることの意義の大切さを述べている。まさに同感である。

[注]
  • (1)矢作弘[2014]『縮小都市の挑戦』岩波新書参照
  • (2)http://drj11.wordpress.com/2009/07/04/tony-hoare-man-of-science/参照
  • (3)白川英樹「論点:日本語で学び,考える科学」『読売新聞』2016年2月18日付

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大東和武司

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