世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本のソフトパワーが世界を変える
(国際貿易投資研究所 顧問)
2025.09.15
和平は人間性に基づく普遍的価値観の共有から
地球上の至るところから「平和な世界を!」と叫ぶ声が澎湃として上がっている。だが現実は武威恫喝に歯止めがかからず,軍事侵攻は既成事実化して国連の無力ぶりが目立っている。地球号は光明の射さない深淵に沈むかのようだ。
外敵に対して戸締りを固めるのは当然だろう。だが各戸が厳重な戸締りを重ねる末は,緊張感・警戒感が張り詰めた寒々としたコミュニティーの姿である。緊張と警戒はささいなきっかけで暴発する危険をはらむ。
世界はそうした危機に傾斜しつつある。武力には武力で対抗する限り,この勢いを反転させることはできない。暴発に歯止めをかけるのがせいぜいだ。
紛争や軍事侵攻の旗の下には,仕組まれた愛国心,歪んだ正義感,極度の差別感,憎悪,敵意を煽る人心の操作がある。ならば,紛争を未然に防止し,かかる操作に対抗するには,寛容な愛国心,人道や道義といった普遍的な価値観の共有が有効だ。経済力でもなく軍事力でもない,いわばソフトパワーが平和の実現・維持に重要なカギを握る。
日本の軍備をいくら強化しても人口減・財政の制約から限界は目に見えている。今,日本が軍備増強で戸締りを厳重にすることに終始していては,日本の潜在力を自ら放棄するに等しい。日本が目指すべきは,「自らのソフトパワーを生かして世界のより良い暮らしと平和に貢献する」という長期的国家理念の確立と率先した行動ではないか。世界200か国強あるなかで,この理念を率先できるのは日本が最適だと大多数の国は喝采するはずだ。
「日本から学べ」
外国の主要紙は「外国が日本から学ぶ20項目」を紹介している(NewSphere)。
「時間を守る/おもてなし/細部へのこだわり/勤勉に働く/感謝と謙虚さ/不完全さに美を見出す/いただきますの習慣/チップ不要の文化/公共交通機関の利用/高齢者の雇用促進/生きがいの追求/高機能なトイレ/お金をトレイで受け渡す/学校での掃除の習慣/靴を脱ぐ習慣/風邪の時はマスクを着ける/自然災害への備え/合意を重視する意思決定プロセス/ミニマリズムとシンプルな生活/継続的なカイゼン活動」などである。
これらの習慣,制度,製品はいずれも日本の有形・無形の資産である。しかし,風土や社会慣習の相異,異文化の壁,未成熟の民度などから,おいそれと学びに踏み切れない国は多いだろう。「時間を守る」という当たり前のルールさえ,二の次,三の次という社会もある。アポの時間を前に新規用件が出来し,それをアラーの神の摂理として優先,無断でアポを幾度かすっぽかされたカイロ時代を思い出す。「約束の時間を守る」以上の社会通念があると知って眼から鱗の思いだった。
先進国メディアが折角「日本から学べ」と広言する吉事をよそに,わが国は成り行き拝見とこのまま座視していいものか。メディアの報道には「日本は世界に貢献できるソフトパワーを持っている」という含意がある。自由貿易の推進は世界経済の発展に寄与するかもしれない。低利の円借款は途上国の経済発展に寄与するかもしれない。だが世界の人々の心の琴線に触れ,世界市民という連帯感を育むのは,寛容で豊かな情感,道義といった人間性の深奥に響く無形のインパクト,即ちソフトパワーである。
アニメ・幼児教育・アマチュア・スポーツ
「世界のより良い暮らしと平和に貢献する」日本のソフトパワーとはどのようなものか。多様な風土と文化を超えて広く受容されそうな次の三つはどうだろうか。
第一に挙げるのは世界の若者を虜にする日本のアニメの再評価である。日本のアニメフアンになって日本語を学んだ,日本を訪れたという外国人は少なくない。日本のアニメには日本人の美意識に加え,倫理感,正義感,向上心,努力,共感力など普遍的な価値観が凝縮されている。各国の若者は日本のアニメを話題に即国境を超える。日本のアニメには多様な人間力の魅力に満ち,読者に共感力を育む呪力を秘めている。世界に広がるアニメフアンのそうした価値観への好感や共有は,相互理解と友好の礎となり得る。アニメは世界平和という大輪を咲かせる発芽だと再評価してもよいだろう。
幼稚園から小学校低学年までの幼児教育,学校給食,義務教育課程での健康診断も「世界のより良い暮らし」に貢献する。これらの過程で他者と交わる基本的なルール,衛生や清潔の大切さ,栄養と保健の基礎知識を身に着ける。インバウンド観光客が驚く街の清潔さ,車内の静かさ,多数のマスク着用などのルーツは,日本の幼児教育の成果だと言ってもよい。幼児教育は社会人となって,公衆道徳や公共善,他者への共感を尊ぶ心構えや所作を育む貴重な苗床となっている。
第三に挙げたいのは日本の暮らしのなかのアマチュア・スポーツである。小は学校のラジオ体操や運動会から,大は国民的イベントの国民体育大会まで,その間に地域・職場・学びの場での多様なスポーツが目白押しにある。陸上競技,野球,サッカー,相撲などは高校・大学・社会人レベルで全国規模の大会が盛んだし,更に女子,障害者スポーツも興隆している。海外では既にJICAの青年海外協力隊員が音頭をとって,途上国の学校で運動会を行事化している例もある。国内に部族・民族間抗争を抱えている国は,えてして第三国の介入を招いて不必要な敵意と憎悪を募らせ,分断・流血に至る例も少なくない。スポーツは国内の分断・対立のマグマを,全国の覇者の誇りと栄光への夢に向かうエネルギーに昇華させる。新たなヒーロー達,ヒロイン達の登場は国民の健全な愛国心を促し,国の統一と安定的発展に大きく寄与する。
精神を尊ぶ「日本らしさ」の普遍性
柔道,生け花,空手など既に海外に雄飛した先駆者は,現地の人々の心をしっかりと捉え,暮らしの質を象る地位を占めている。生け花,盆栽,英語俳句,カイゼン運動も徐々に愛好者の組織化や実施国が増えている。
外国人がこれら日本文化に引き付けられるのは,底流に流れる精神性である。他者へのリスペクト,超自然への畏敬,人智の極みの追求などは国・民族を超えた人間性に根差す魅力を湛えている。
新たに提案した3分野は,師の指導に随いながら奥義に迫る伝統分野とは異なるものだ。アニメは作者の自由な創造性から発するテーマのエンタメ化アッピールである。幼児教育は将来の良き社会人を見据えた心構えと所作の形成である。アマチュア・スポーツは地域・社会の活性化とともに,スポーツを通じた人格・人間性の陶冶に大きな意味を持っている。
一見異分野同士にみえる3分野だが,突き詰めると通底するのは飽くなき精神性への指向である。この点では海外に移植された先駆的な伝統文化の持つ精神性の魅力と一致する。
軍事力が人間を圧し潰す不条理が世界を荒廃させるなかで,人間性,精神性の高揚に向けたリーダーシップ不在への焦燥感が高まっている。伝統と現代に息づくスピリチュアルな日本のソフトパワーは,暗転する世界に一筋の光明を投じる出番だ。
全てを政府に期待するのは安易過ぎる。民間でできることからまず行動を起こすべきだろう。500兆円を超す内部留保を豪語する企業群が,率先して支援する勇断を夢物語に終わらせたくない。(ソフトパワーを如何に発信し行動すべきかについては別途稿を改めたい。)
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