世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3789
世界経済評論IMPACT No.3789

日・米乗用車貿易インバランスの“なぜ”

湯澤三郎

(国際貿易投資研究所 顧問)

2025.04.07

 「なぜアメ車を買わないんだ」と強面のホワイトハウスが日本政府にドスを利かせた。紙面の記事を読んだ日本の消費者は鼻白んだ。「左ハンドルで燃費も悪い,あんなでかい車を入れるガレージは我が家にはないね。駐車場のスペースにもはみ出るしさ」。然(さ)は然(さ)りながら,日本政府は万策あげて対米輸入促進に突進した。1990年代は貿易摩擦解消が最重要政策の一つであった。

 Consumer Report誌で評価が高くかつ値ごろ感もよいとして買ったのがBuick Centuryだった。家内にはHonda Civicを買った。91年ロサンゼルスでのことである。Buickは1万4~5千ドル,Civicは1万ドル弱だった。Buickを買ったのは好奇心半分と日米を取り巻く時代環境もあり,アメ車を実際経験することも議論の足しになるだろうと考えたからだった。

 この思いつきのツケが痛く身に答えたのは3年後,帰任時だった。Buickの下取り価格がなんとCivicを下回ったのだ。Civicの下取り価格が8,500ドル程度だったと記憶するが,買値が5,000ドル以上も高かったBuickが,それを下回る査定に転落した結果に正直仰天した。購入時の価格差,5000ドル強が下取り査定で逆転したとは。好奇心の授業料は高くついたが,なぜ米国で日本車が人気を博するのか瞬時に腑に落ちた。

 声音こそ違え,ホワイトハウスは30有余年前の旧版シナリオと同じ台詞を復唱し始めた。「なぜアメ車を買わないのだ」と。ならばと好奇心やはり騒ぎ,米国の新・中古車取り扱いディーラーの価格を調べてみた。前回と異なるのは下取り価格ではなく,ディーラーの販売価格での比較である点,もう一つはBuick Centuryは2005年に生産終了,後継モデルは米国の友人筋の説ではBuick Encoreとなった点である。Buick,Civicとも2025年型,2022年型双方の販売価格をみたところ,Buick(Encore GX)が27,300ドルから18,980ドルへ,Civic(LX)が25,400ドルから21,990ドルへと減価した。やはり3年後,Buickの価格はCivicを下回っていた。表向きの減価額はBuick8,320ドル,Civic3,410ドル。BuickとCivicとの減価落差は4,910ドル。減価率はそれぞれ30.5%,13.4%と,3年間でBuickはCivicの倍以上急落した。22年型の走行距離はBucik2.5万マイル,Civic4.7マイルだったから,これを考慮に入れれば実質的な両車の減価額・率ともその差は更に大きいと見るべきだろう。

 トランプ大統領は自動車メーカービッグ3と一体どんな話し合いをしたのだろうか。

 ビッグ3は本気で日本市場に売り込む意思があるのか疑問だ。長年TVのCMでアメ車を見かけたことがないし,町中で見かける外車は欧州車ばかり。日本のドイツ車の輸入は2020~24年,40億ドル前後で推移しているのに対して,米国車は10億ドル前後に留まっている。日本の乗用車市場の非関税障壁を言う前に,欧州車並みの売り込み努力ができないのかと言いたくもなる。

 もっとも,米国からみればたとえ40億ドル売り込んだところで焼け石に水だ。

 米国の乗用車輸出入バランスは2021年以降,逐年逆調幅は拡大して24年には最大の1,630億ドルに膨らんだ。24年までの2年間の推移を見ると,逆調の主な相手国はメキシコが400~450億ドルで1位,次いで日本400億ドル弱,韓国290~360億ドル,ドイツ150~180億ドル,カナダ190~130億ドルとなっている。ビッグ3と並んで在メキシコの日本車工場からの対米輸出を勘案すれば,実質的には米国にとって乗用車輸出入の最大の逆調国は日本とみてよい。

 かつて米国が鉦や太鼓で世界に自由貿易を率先押し立てた背景には,市場原理への確信があった。乗用車に関する限り,その市場原理の何たるかをお膝元の市場が証明している。市場は日本車に旗を挙げているのである。

 ディールには市場原理に基づくビジネス・ルールがある。地場市場で評価が半ばにも満たない商品を言い値で買わないと声を荒げるのは商売の道理に反する。トランプ大統領が「なぜ買わない,もっと買え」と迫る相手は日本政府ではなく日本の消費者である。消費者が品質・価格で納得する商品を提供して初めて真っ当なディールは成り立つ。日本の消費者はアメ車に関する限り興味ある情報やサービスを前広に提供されていない。これでアメ車を買えというのは商売以前の問題だろう。加えて日本の消費者は世界のキャラクター・ブランドがテスト市場にするほど,商品選択眼には定評がある市場だ。

 輸出振興華やかなりし1970代,我々がアメリカから学んだマーケティングは,「消費者のニーズを把握してそれに応える商品開発をして提供する」というものだった。当時欧米では戦後しばらくモノ不足もあってか,「これがわが社の商品。よければ持って行きな,いやなら止めな」式の売り手本意の販売から脱し切れていなかった。その間日本は海外マーケティング調査を地道に積み重ねて市場のニーズ把握に努め,官民相呼応して「安かろう悪かろうのメイドインジャパン」から「高品質メイドインジャパン」への称賛に見事に変身を遂げた。その教訓をアメリカに伝えたい。謙虚に日本の消費者の声に耳を傾けたら如何かと。一時業績不振に苦しんだジャパン・マクドナルドの劇的向上は,一連の消費者懇談会からのニーズ把握が鍵となった事実も教訓として。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3789.html)

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