世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
HBMが対中輸出規制の対象に追加:中国系企業140社をエンティティリストに
(九州産業大学 名誉教授)
2024.12.23
バイデン政権の対中輸出規制3部曲の最終曲は,最も大きな殺傷力を持つ規制であろう。中国がAI(人工知能)領域での発展のチャンスを失うことを意味している。前の2部曲では,7nm以下の先端半導体におけるTSMCへの委託製造,ASMLからの先端半導体製造装置のEUV(極端紫外線リソグラフィ)・DUV(深紫外線リソグラフィ)や日本で最も重要な3種類化学原料の対中輸出が規制された。
ジーナ・レモンド商務長官は「新たな対中輸出規制措置は,これまでで最も厳しいもので,核心的目的は中国の先進半導体の能力を削ぐことである。中国は先端半導体を使って軍備の近代化を図っているからだ」と述べた。新規の輸出規制措置は,高度な技術を用いる半導体製造装置の輸出を制限するもので,米国企業のみならず,米国の技術を使用する全ての外国企業にも同措置が適用される。
トランプ政権に移行する前にレモンド商務長官が公表したこの輸出規制により,広帯域幅メモリー(HBM)は,米国商務省の許可を得ないと中国企業に供給することができなくなった。なぜHBMが輸出規制の対象なのか。その理由は中央演算処理装置(CPU),画像処理装置(GPU)にHBMを結合すると最も理想的なAIチップになり,仮に人民解放軍がこれを入手すると驚異的な軍事力を擁することにつながるためだ。
レモンド商務長官によると,将来のAI世代においてはパラメータが多くなり,AIチップの伝送速度の高低はHBMの性能如何となる。HBMの性能をハイウェイで例えると,幅が広い道路では車の収容数が多くても円滑な交通量が確保できる。逆に,道幅が狭いと,スムーズに流れない。TSMCの先端パッケージング(封止)技術であるチップ・オン・ウエハー・オン・サブストレート(CoWoS,コワース)は,HBMをCPUとGPUの周辺に配置し,立体に積み上げる構造である。HBMを使用すると伝送の速度が速く,エネルギーの消耗が少なくなることから,AIの分野では欠かすことのできないものとなる。要するに,先端半導体のCPU,GPUとHBM,半導体製造装置EUV,原材料などの対中輸出規制は,今後,中国におけるAI分野の発展の芽を摘み取り,中国の国際社会における重要性を消失させるものと考えられる。
そのほかに,米・商務省は中国系企業140社をエンティティリストに新たに追加すると発表した。これらの企業は対中輸出関連の許可証を得ることができない。
現在,HBMの世界市場シェアは,SKハイニックス5割,サムスン電子4割,マイクロン1割で,SKハイニックスとサムスン電子の合計は全体の9割と韓国の独壇場となっている。これら企業は,商務省の同意を得ないとHBMを中国に輸出できず,中国の生成AI分野の成長は行詰る。
12月13日のロイター通信は,米国政府の中国に対する新たな半導体規制の実施策として,AI半導体へのアクセスについて,世界規模で管理するゲートキーパーの役割をGoogleやマイクロソフトなどに与える方針であると報じた。ゲートキーパーに指定された企業は米政府への重要情報の報告や,中国のAI半導体へのアクセス遮断といった厳しい要求に応じる。それによって,ライセンス無しで海外のクラウドサービスへのAI機能の提供が可能になるという。詳細は年内に発表される見通しである。
ゲートウェイ権限を与えられなかった企業も,NividiaやAMDなどのメーカーからの高性能AIチップを輸入するためのライセンスを申請することができるのが,米国の同盟国19カ国と台湾を除き,国別に輸入上限が設けられる。
中国商務省は12月3日に,半導体製造に不可欠なガリウム,ゲルマニウム,アンチモン,超硬材質などの材料の米国への輸出を,軍事利用への懸念を理由として全面的に禁止すると発表した。バイデン政権のHBMや製造装置など半導体関連製品の中国向け輸出規制の強化に対する報復措置と見られている。
[参考文献]
- 朝元照雄「華為技術のAIチップがTSMC製7nmチップを搭載:米国の輸出規制に突破口か」世界経済評論Impact No.3619,2024年11月18日。
- 朝元照雄「Mate60 Proショック:なぜ中国は米国の半導体規制を突破したのか」世界経済評論Impact No.3175,2023年11月6日。
- 朝元照雄「先端半導体の対中輸出規制は無効なのか」世界経済評論Impact No.3353,2024年4月1日。
- 朝元照雄「アメリカの半導体誘致の奨励と対中規制:“CHIPS法”は,どんな影響を及ぼすか」世界経済評論Impact No.2937,2023年5月1日。
- 朝元照雄「米“対中半導体規制”の強化か:地経学上の要請とAI企業の苦悩」世界経済評論Impact No.3025,2023年7月10日。
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