世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3659
世界経済評論IMPACT No.3659

メモリー半導体に冬の到来か:CXMTのお釈迦事件とダンピングの打撃

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.12.16

長鑫存儲技術のお釈迦事件

 長鑫存儲技術(CXMT)は,中国・安徽省合肥市に本社を置くDRAMメモリー製造専門の半導体統合デバイスメーカーである。最近同社で,生産ラインの品質管理における人的ミスで数万枚のウエハーを“お釈迦”にする大きな事件が起きた。このため,顧客の発注したメモリーを期限内に納入できず,CXMTの市場評価は著しいダメージを受けた。

 内部調査の結果,運営センター責任者や工場長などの管理職計6名が処分を受けた。書面警告を受けた合肥工場長の陳德鴻は元々TSMCの中国松江工場の工場長を務め,その後,CXMTにヘッドハンテトされた人物である。一方,TSMC(中国)で副総経理を務めた秦平祥もヘッドハントされCXMTの運営センター長に就いていた。秦氏は責任をとわれ停職処分となり,台湾に戻った。秦氏のCXMTとの雇用契約は2025年2月28日までであるが,契約の続行は難しいと言われている。合肥工場のウエハーお釈迦事件は2024年8月中旬~9月初に発生した。工場内の製造装置に不具合が発生したが,その原因が特定できず,連続して数万枚のウエハーを廃棄処分にするという大きな損害が生じた。

 CXMT合肥工場に勤務したことのある台湾人従業員は,「今回の事故は処分を受けた者の責任とは言い切れない」と言う。CXMTには長期にわたる派閥争いが存在し,個々の部門間の協力が困難であるばかりか,それぞれの派閥はセンター長である秦氏の指令を聞かず,指揮命令系統が混乱していた。台湾人従業員は「結果的に事故発生の責任を台湾人従業員が負わされることになった」と嘆く。

 現在,中国の半導体関連企業で中国政府から「中国国家集成電路産業投資基金」の援助金を得られたのは華為派(華為技術)と非華為派に大別できる。非華為派は中芯国際(SMIC),華虹半導体(Hua Hong),長江存儲(YMTC,俗称・長江メモリー)とCXMTの4大系統に分けられる。そのうち,前者2企業はロジック半導体,後者2企業はメモリーを製造している。長江メモリーは主にはNAND型フラッシュ,CXMTは主にはDRAMを製造している。

 中国で短期間にメモリー事業の参入に成功した紫光グループの趙偉国会長(当時)が2015年に台湾を訪問した。同氏はファウンドリー企業のTSMCとファブレス企業のメディアテック(聯発科技),更には封止・検査企業(OSAT)の矽品精密工業(SPIL,現在,日月光持株ASEと経営統合),力成科技(PTI),南茂科技(ChipMOS)などを買収すると公言し,台湾社会から強い反発を受けた。最終的に台湾経済部(経済省)の強力な干渉で,趙偉国は,華亜科技(Inotera Memories)(注1)会長を退任した高啓全をヘッドハントしただけの成果しか得られなかった。高啓全は紫光集団の執行副総裁,武漢新芯CEO,長江メモリー執行会長に就任している。

 2016年に安徽省合肥市政府はDRAM製造のため,上海の中芯国際の王寧国CEOを招聘し,CXMTを設立した。王寧国は,華亜科技のシニア副総経理であった劉大維をスカウトした。当時,華亜科技は米国のマイクロン・テクノロジーにより買収され,従業員の給与を年15カ月から14カ月に減額していた。これに不満を持った技師が同社を大量離職,長江メモリーとCXMTが2~3倍の賃金でこれらの技師を雇用した。この意味で,今日の中国の半導体産業の基礎を構築したのは,大量に流出した台湾人技師達と言っても過言ではない。

メモリー半導体の寒い冬の到来か

 2024年上半期はメモリー半導体の需要が回復し,各社とも大幅に利益が増加した。サムスン電子の2024年1~3月期の利益は6.6兆ウォンで,前年同期の6400億ウォンと比べると10倍以上に増加した。

 他方,同じく韓国のSKハイニックスは,AIブームに乗り,HBM(高帯域幅メモリー)の市場シェアを5割強に伸ばし,2023年10~12月期にはそれまでの赤字から大幅な黒字へ転換させた。他方,旧東芝メモリーから転じたキオクシアは,2024年10月に株式上場の予定であったが,9月18日にJPモルガン・チェースが発表した最新の『大中華半導体産業報告書』によって延期を余儀なくされた。

 同報告書では,2025年にAIブームがピークに達したあと,HBM市場に供給過剰が発生すると予測した。最先端のDRAMである DDR5 SDRAM(ダブル・データレートシンクロナスダイナミックランダムアクセスメモリー第5世代)の価格は高騰しており,メモリー製造企業は,現時点では同報告書にある供給過剰については疑問視していた。しかし,メモリー企業には冬の足音が確実に近づいている。

 Trend Forceのデータによると,成熟メモリーの第4世代のDDR4の価格は,今年8月7日~13日で2.76ドルであったが,11月6日~12日には2.18ドルと21%も下落した。この要因は中国製メモリーによるダンピングで,それまで期待されていたメモリー市場の成長が2024年下半期に暗転したためである。

 前述のJPモルガンの報告書では,中国製メモリーのダンピングと過剰供給で,DDR4,NAND型フラッシュメモリーなどの成熟メモリーは2024年の第4四半期から2025年の第1四半期にかけ価格が下落すると予測している。AIパソコンの需要は予測したレベルに達せず,供給過剰と需要不足により積み上がった在庫の処分に長い期間が必要であるともしている。

 前述のCXMTや福建晋華(JHICC)などの中国企業は,生産能力を拡大し,DDR4の単価を従来の半額にする低価格商戦を仕掛けてきた。Tom’s Hardwareによると,CXMTの2022年のウエハーの生産能力は月産7万枚で,2024年に20万枚,数年後に30万枚に増やし,市場シェアを11%に拡大すると計画を立てていた。他方,先端半導体では米国から製造装置の輸出規制を受けたため,JHICCは他の中国企業と同じように成熟メモリーのDDR4の生産能力を増やし,かつダンピング攻勢をかけたため,その煽りを受けた韓国と米国のメモリー製造企業の業績が急速に悪化し始めた。

 SKハイニックスは無錫工場の49.9%の持ち株を4740億ウォンで中国の無錫産業発展集団(WXIDG)に譲渡した。韓国紙は,SKハイニックスと中国資本の同盟により,中国の半導体市場を開拓すると報じた。また,サムスン電子とSKハイニックスが11月11日に発表した四半期報告では,今後,先端半導体に売上高の重心を移し,成熟メモリーのDRAMの生産を減らすとしている。SKハイニックスのDDR4の生産比率は2024年の第2四半期の4割から第3四半期には3割,そして第4四半期に2割(計画)に縮小するとしている。逆に,生産比率をAI向けのHBMメモリーや先端のDDR5にシフトする。他方,サムスン電子は,HBMメモリーでSKハイニックスとの競争に負け,成熟半導体(DDR4など)は中国によるダンピングの挑戦に直面している。また,米国の対中輸出規制の強化で,サムスン電子のNANDフラッシュ製造拠点である西安工場は,減産により中国からの撤退を視野に入れる様になっている。

[注]
  • (1)華亜科技は2003年1月に台湾の南亜科技(Nanya Technology)とInfineon(後のQimonda)の合弁企業として設立された。2016年には米国のマイクロンにより買収され,現在はMicron Technology Taiwanに社名が変更されている。
[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3659.html)

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