世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3657
世界経済評論IMPACT No.3657

米国のインフレ率と金融政策の行方

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.12.16

財とサービスのインフレ率の格差拡大

 トランプ次期大統領が輸入品へ高率の関税を課せば,これまで低下傾向にあった米国のインフレ率が再上昇するのではないかという懸念の声があります。

 米国の財消費支出価格は,2024年10月には前年同月比−1.0%と,7か月連続でマイナスを記録しています。一方,サービス消費支出価格は同+3.9%と,2022年末から2023年初にかけて6%地価上昇率を記録した所からは下がったものの,2%台であったコロナ禍前に比べて高い状態にあり,財とサービスのインフレ率の格差が開いています。関税の賦課によって財価格が上昇に転じれば,10月には前年同月比+2.3%とFedが目標とする2%に近い所にある個人消費支出価格指数の上昇率も上がるでしょう。

財消費支出の比率は低下方向

 経済のサービス化が進む中,個人消費支出に占めるサービス消費支出の比率は,長期的に上昇傾向にあり,2000年1月の63.7%から2020年1月には69.0%まで上昇しました。コロナ禍のもとで一時65%以下まで急落した後,再上昇し,2024年10月には68.7%とほぼコロナ禍前の水準まで戻りました。一方,コロナ禍で一旦上昇した財消費支出の比率は低下しましたが,10月には耐久財消費支出の比率は10.9%と,コロナ禍前の水準よりまだ若干高めです。サービス化の中で,サービス支出比率の上昇と,耐久財を中心にした財支出比率の低下が当面続くでしょう。

 第一次トランプ政権の下での関税引上げは,財消費支出価格をほとんど押上げなかったようです。財消費支出価格指数の前年同月比上昇率は,トランプ大統領就任時点の2017年1月には前年同月比+0.6%でしたが,2018年1月には同+0.4%,2019年1月には−0.8%,2020年1月には+0.5%に留まっていました。財消費支出比率の低下が続くことが予想されるなど,財消費需要が弱い中では,今回も関税を引上げても米国内での財価格には転嫁されにくいでしょう。景気に急変動がなければ,サービス価格が年率3%程度上昇する一方,財価格は横這い程度に留まり,個人消費支出価格全体では2%近辺の上昇率で推移しそうです。

金融政策の行方は失業率次第

 物価安定と最大雇用の二重の責務を負うFedの金融政策は,インフレ率が目標の2%近辺にあれば,雇用情勢を重視することになるでしょう。米国の失業率は,2023年4月の3.4%から2024年11月には4.2%へと緩やかに上昇しています。失業率を算出する際に使われる雇用統計の家計調査によれば,11月の就業者数は前年同月比−0.4%と減少しています。一方,実質GDPは,2023年1-3月期から2024年7-9月期の間に年率2.9%で増加しています。実質GDPが堅調に成長する中での失業率の上昇は,情報・通信ネットワークやAIの発達等による省力化の進展を示唆しています。

 足元までの失業率の上昇は,Fedの想定の範囲内と言えます。12月17,18日のFOMCでは,大方の予想通り0.25%の利下げが行われそうです。9月のFOMCでは2025年中に1%の追加利下げが行われるとの見通しが示されましたが,12月のFOMCでもその見通しは大きく変更されないでしょう。ただ,雇用の鈍化が個人消費支出の鈍化を通じて全般的な景気悪化をもたらせば,雇用削減に拍車がかかり,失業率の上昇が加速して利下げペースも速まると考えられます。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3657.html)

関連記事

榊 茂樹

最新のコラム