世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3586
世界経済評論IMPACT No.3586

米国の政策金利はどこまで下がるのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.09.30

雇用重視に転じた米金融政策

 9月17,18日開催のFOMCでは,政策金利であるフェデラル・ファンズ金利の目標レンジが5.25~5.5%から4.75~5.0%へと0.5%引下げられました。FOMC参加者の経済・金融見通しによれば,6月の前回見通しと比べて今年末の失業率見通しの中央値が4.0%から4.4%へ上方修正されました。物価安定と最大雇用という二重の責務(デュアル・マンデート)を担うFedが,雇用の確保を重視する方向に軸足を移したと言えます。

 FOMC参加者は,2026年末までに政策金利を中期的中立水準とする2.9%まで引下げることで失業率の上昇が4.4%で食い止められると想定しています。

失業率の上昇を止めることは容易でない

 ただ,一旦米国の失業率が緩やかに上昇し始めた時,その後大幅な上昇を防げたことは,歴史的にはほとんどありません。1990年8月~1991年3月の景気後退の前後では,失業率は1989年3月の5.0%から景気後退直前の1990年7月には5.5%まで緩やかに上昇した後,景気後退後の1992年6月には7.8%まで大きく上昇しました。2001年4月~11月の景気後退の前後では2000年4月の3.8%から景気後退直前の2001年7月には4.3%まで上昇した後,景気後退後の2003年6月には6.3%まで上昇しました。2008年1月~2009年6月の景気後退の前後では,2007年3月の4.4%から景気後退直前の2007年12月には5.0%まで上昇した後,景気後退後の2009年10月には10.0%まで上昇しました。今回,失業率は2023年4月の3.4%を底に2024年8月には4.2%に上昇しています。

 失業率の上昇は労働者の所得の鈍化をもたらします。それが個人消費支出などの家計需要の鈍化を通じて経済成長を鈍らせます。そうなれば雇用が削減され,失業率はさらに上昇します。これはケインズが説いた有効需要の減退による不均衡です。市場の自律的調整メカニズムでは不均衡は容易には解消されず,金融・財政政策による景気テコ入れが必要になってきます。

ゼロ金利再来の可能性

 金融政策において,金融引締めによる景気抑制効果より,金融緩和による景気刺激効果の方が相対的に小さいことも,経験的事実として知られています。実際,過去の景気後退期の前後に政策金利が大幅に下がっても,失業率の大幅上昇を食い止められませんでした。フェデラル・ファンズ実効金利は,1989年3月の9.85%から1992年12月には2.92%まで,2000年7月の6.54%から2003年12月には0.98%まで,2007年7月の5.26%から2009年1月には0.15%まで低下しました。

 さらに今回は財政赤字幅が歴史的高水準にあり,財政刺激策の発動余地が小さい分,景気を下支えするためにより大幅な金融緩和が必要になることも考えられます。

 FOMC参加者が想定する政策金利の2.9%という中立水準までの引下げでは足りず,過去の景気回復初期と同様に,30年物財務省債券利回りと政策金利で測った長短金利差が4%程度に拡大するように政策金利がゼロ近辺まで下がり,それにつれて実質実効為替レートで見た時の米ドルの割高感が解消されない限り,十分な景気刺激効果は生じないでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3586.html)

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