世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3576
世界経済評論IMPACT No.3576

中国の「改革」は我々の「改革」とは違うのか?

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2024.09.30

 鄧小平生誕120周年の記念座談会が8月22日に北京で開催された。会議での習近平の講話について,日本の報道の見出しは「鄧小平改革との連続性を強調」(朝日新聞)「習指導部は路線継承強調」(産経新聞),「習氏「改革開放,深く学習」」(日経新聞)などであった。実際,習近平は「鄧小平氏を記念する最善の方法は,その創始した中国の特色ある社会主義事業を引き続き前進させることである。我々は中国式現代化による強国建設及び民族復興の偉業の全面的な推進という最重要任務をしっかりと中心に据えて,先人の事業を受け継ぎ将来の道を開き,奮起して進取に励む必要がある」と語ったとされている(人民網日本語版2024年8月23日)。

 習近平指導部の姿勢は鄧小平が進めた「改革」の方向なのだろうか? 鄧小平と習近平には共通点がある(Chow, Cai and Zheng 2024)。それは中国共産党を核として中国を世界の大国に復活させることだ。ただし,共産党を核とするというアプローチは違っている。鄧小平は文革時のイデオロギー闘争を収めるため,異なる考えを持つ人々を巻き込む集団指導体制を作り上げた。ただし胡錦濤政権時代には対立する派閥の要求を受け入れるために政治局常務委員の数が9人まで増えた。この結果,中国共産党への求心力が低下した。習近平は共産党が強力な指導力を発揮できるように,反腐敗運動を通じて党の規律を立て直し,3期目に挑むことになった。このように共産党を核とするという部分ではアプローチは違うものの姿勢は共通している。

 しかし,Wang(2024)は現在の中国指導部はイデオロギー闘争を復活させていると批判する。鄧小平はイデオロギー闘争に幕を引き,「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕まえる猫はいい猫だ」に代表されるように実利主義を貫いた。ところが,現在は国家安全保障や愛国心などいたずらにイデオロギーを振りかざし,経済成長を軽視しているという。また「目立たないようにする」という鄧小平時代の外交方針から積極的に世界と対立するという外交に鄧小平は落胆しているだろうと指摘する。

 現在の指導部は経済成長を軽視しているのか。これまでの経済成長は鄧小平の「改革」の成果である。その改革は,政府は経済から退出し,民間企業の活力を引き出すというものであった(岡本2013)。その姿勢は2013年第18期三中全会の「資源配分において市場に決定的な役割を果たさせる」という言葉に集約されている。そのため我々は「改革」を,経済における国家の役割を減らし,民間部門における市場の役割を増やす,ことをイメージする。南華早報のインタビューに答えたアーサー・クローバー(『チャイナ・エコノミー第2版』白桃書房2023)は,この見方は中国のいう「改革」ではないことを警告する。彼によると経済成長を目的として国家が主導的な役割を果たし,組織の形態,規制メカニズム,資本の流れを政府が積極的に変えているという意味で,多くの「改革」を行っていると指摘する(Wang2024)。実際,2013年三中全会の先ほどの一文のあとに,政府の役割をより良く果たすことにも触れられている。また7月に開催された第20期三中全会でも「改革の全面深化」は引き続きうたわれてはいるものの,市場の決定的役割という表現は見送られ,市場の役割をより良く発揮させるという程度に収まった。その一方で「改革」という文字は53回も現れており,その「改革」の焦点は科学技術開発の加速だ(SCMP Reporters 2024)。これは,今年の全人代で示された「新しい質の生産力」,すなわちイノベーションによる新しい技術の開発による実体経済とデジタルの融合による高い質の発展である。こう考えると中国でいう「改革」とは「政府がもてる政策手段を総動員し,政府主導で産業発展を支援する」ことのようである。

[参考文献]
  • 岡本信広(2013)『中国-奇跡的発展の原則』日本貿易振興機構アジア経済研究所
  • Chow, Cai and Zheng (2024) As China celebrates Deng Xiaoping’s legacy, the country is again at a crossroads, South China Morning Post, 27 August, 2024
  • SCMP Reporters (2024) China’s Communist Party sticks to painful reform playbook to target risks and growth, South China Morning Post, 19 July, 2024
  • Wang, Kandy (2024) Why this China analyst says full decoupling is unlikely, and what’s missed in reform talk, South China Morning Post, 12 July, 2024
  • Wang, Xiangwei (2024) If Deng Xiaoping were alive, he would worry about China’s shifting priorities, South China Morning Post, 2 September, 2024
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3576.html)

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