世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3575
世界経済評論IMPACT No.3575

生産を拡大するiPhoneのインド工場:高機能機種をインドで組立

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.09.30

インド市場を重視

 8月に富士康(鴻海の中国法人)鄭州工場は5万人の労働者を公募・採用した。その後も継続して人員募集を行い,待遇も時給を当初募集時の25人民元から27人民元に,再雇用奨励金も7500人民元から8500人民元に引き上げた。

 こうした富士康の業容拡大の動きとは裏腹に,アップルのサプライチェーン傘下企業の中国からの移転は,その動きを緩めることはなかった。ここ数年間に鴻海傘下の臻鼎科技(Zhending Technology),正崴精密工業(Foxlink),工業富聯(FII),鴻騰精密科技(FIT)などは,インドに対する投資を拡大している。今年の鴻海の株主総会を劉揚偉会長が欠席し,インドでナレンドラ・モディ首相と面会したことも,インドへの投資を非常に重視していることを示している。

 富士康のインド工場では,2023年にiPhoneを3000万台,今年の上半期に1800万台を組み立てている。これらのスマートフォンは,主にインド市場に供給するほかに,米国などに輸出される。注目すべきは,今年入ってアップルはインドでのiPhone16シリーズの生産能力を増強しただけでなく,iPhone16 ProやiPhone16 Pro Maxなど高機能機種も初めて生産する点だ。

 アップルは意図的に中国での製造を減らすことを明らかにしている。iPhoneの中国での組立比率を漸次減少させ約40%にし,インド,ベトナムの組立拠点におけるサプライチェーンを強化させる。

インド工場の良品率は低くない

 「富士康のインド工場が製造したiPhoneの良品率は約5割だ」,「インドはダメだから,再び中国に戻ったのだ」と在中国のインフルエンサー,小粉紅(俗称ピンクちゃん。若い世代の民族主義者(未熟な共産主義者)であり,完全に赤く染まっていないとの意味)は嘲笑する。

 しかし,富士康(鴻海)の劉揚偉会長は,「中国,インド,ベトナムの製造拠点の良品率に大差はない。本当にインドの良品率が5割なら,我々は既に撤退しているし,仮に我々が撤退しないと言ってもアップルは撤退を要求してくるだろう」と根拠のない噂を否定した。

 中印越電子(スマートフォン)企業協会の楊述成秘書長(幹事長)は,「労働者の効率,設備操作の成熟度,サプライチェーンの確立度合いなどから,インド工場の良品率は,中国とベトナム工場と比べると約10%の差があると見ているが,制御できる範囲内である」と述べた。他の関係者によると,中国(鄭州工場)の良品率は98%以上であるのに対し,インド工場のそれは約85%であるという。

タタ・グループが世界第2位の組立工場を建設

 2024年3月までのインド製iPhoneは,富士康が67%,和碩聯合科技(ペガトロン)が17%,インドのタタ・グループ(緯創が売却した工場)が残りの16%を組み立てていた。

 しかし,タタ・グループは巨額の資金を投入し,アップルの組立工場では世界第2位の規模となる拠点を建設しており,最も早い場合,今年の9月に操業が開始される。計画される就労規模は5万人に及び,インド最大の組立工場となる。

 インドの英字紙『ザ・タイムズ・オブ・インディア』によると,富士康はインド南部の州から適当な候補地を選び,中国の鄭州のような工場集積地を建設する予定だ。候補地のひとつテランガナ州では,2000エーカーの土地を確保し,「サプライチェーン・パーク」の開発と企業誘致に期待していると言う。

 同州の情報技術・産業省大臣は,「富士康の中国鄭州での経験から,宿舎,病院,消防署,映画館,スーパーマーケットなどを備えた30~40万人が就労できる工業団地を目指す。異なる国・地域の企業が「サプライチェーン・パーク」に入居できるように誘致したい」と述べた。

 このようにインドにおけるアップルの生産能力は増強が見込まれており,中国に次ぐ製造拠点になる可能性が高いが,インドではアップルのほかに,サムスン電子,中国の小米,OPPO,VIVOも中・高機能機種スマートフォンを生産している。最も重要なのは生産能力の拡大に見合う,アップルのサプライチェーンの強化である。

 以上のこと筆者なりに推論すると,①「China+1」という安全保障上のリスク回避において,アップル製品のインドでの生産拡大は不可避。②特に,米国は中国からの輸入に高関税を課しており,インドやベトナムが米国向けiPhoneの生産拠点として使われる。③iPhone16に搭載される生成AIを活用したインテリジェンス機能への買い替えニーズが大量に見込まれることから,富士康は鄭州工場を引き続き活用し対応する。④しかし,タタ・グループによる組立工場の拡充に対し,富士康は将来の自社の生産シェア維持のために鄭州工場を当面強化しているものの,インド南部の「サプライチェーン・パーク」が完成すれば,鄭州工場の生産キャパシティをインドに移管する可能性も否定できない,と考える。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3575.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム