世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3550
世界経済評論IMPACT No.3550

21世紀の女性革命論:「合成の誤謬」

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)

2024.09.09

 人口減少,出生率低下,ジェンダー・ギャップ,地球人口論,これらの議論はおおまかに言うと一つの「合成の誤謬」に陥っていると思う。それぞれの提言やコメントは納得のいくものでも,また,それぞれの相関性はその係数に関係する範囲内の妥当性があっても,命題に挙げたようなテーマに対して総合的な最適解に至らないからである。

 少子化の犯人が出生率の低下であり,その原因は女性差別化につながるジェンダー・ギャップとする論理は確かに十分にその相関関係が成立すると考えられてきた。先のパリ五輪開会式では,セーヌ川に浮上する「女性の地位向上」に貢献のあった歴史上の10人のフランス女性の彫像が紹介された(注1)。ジェンダー意識の重要性を認識するフランスの国家意思を感じさせるものであった。フランス随一のフェミニストで人類学者・哲学者であるエリザベト・バダンテール(Élisabeth Badinter)は,『男性諸氏,まだご努力が・・・』(Messieurs, encore un effort…)というタイトルの本を最近,出版した。ジェンダー格差は今や世界的な問題として人々の会話や行動に変化を与えるようになったとバダンテール言う。それは,少子化の実態がこれまでの議論よりも一段階さらに深刻なところに来てしまっているのでは,という危機感,つまり母性本能にはもう回帰できないという性差の根源的な矛盾に向かっているとする危機感だと言う。子供を産むことで母親の側は父親よりもはるかに「親としての心理的な責任」の重圧を背負いこむことになる。教育水準の高くなった女性たちはとっくにこの事実に気づいており,それがパートナーとの関係においていつまでも耐え得ないことと判断し,出産から決別することに躊躇しなくなったというのである。こうした女性の姿について,フェミニストの声として用いられる「ネオフェニズム」あるいは「woke(ウォーク)」という言葉は,社会で起きている様々な差別問題や人権問題に対して「意識的である」「意識が高い」ことを意味する英語のスラングである。また「woke」は「目が覚める」「気付く」を意味する「wake」の過去形でもあり,「stay woke (高い意識を持ち続けよう)」などのように用いられている。

 今や世界の多くの国で少子化現象が社会を覆い始めた。バダンテールは子供を持つことを拒否する,子供をあきらめるといった気配が今や一気に広がっていることに気づかなければならないとする。そして,これは女性革命に対する女性自身からの反乱でもあると。

 少し分かりにくいかもしれないが,それは母性(maternity)というスローガンに抵抗することを意味する。女性は子供を持つことを選択した場合,過去にはなかった未知の責任を背負うようになる。バダンテールによれば,まず第1段階として自己の肉体に胎児を宿したときから,禁酒,禁煙によって母体保護に気を使うことを強要される。次の第2段階では世界的潮流として,哺乳回避,粉末乳,育児委託など母性保護に代わる女性のフェミニズム復権がくる。そして第3段階では,子供の情緒安定に子育ての重点が移り,子供に対してやさしくすることが義務付けられる。子供を叱責せずに子供と感情を共有するように努めることが女性の自己実現につながるとされるようになった。

 少子化に向かう世界の中では,韓国とイタリアがもっとも深刻で,それはまさに世界の近未来図であるとされる。世界最低の合計特殊出生率0.78の韓国は,人口が現在の5200万から2050年に4600万に急減する。恋愛と結婚と出産を放棄し,遂にタブーを破るような子供拒否(childless)の動きが,米国,英国,ドイツなどでも定着すようになった。アジアでは韓国を筆頭に日本にも見られる。イタリアも2023年には合計特殊出生率が1.22にまで低下,人口は6080万(2015年)から2050年には5200万まで急減する。イタリアと韓国は文化的には大きく異なるが,未だ女性を,即,母親と混同しているところが共通している。韓国もイタリアも託児所が2000年以前には存在しなかったという驚愕すべき共通点もある。託児所に子供を預ける女性はここでは悪い母親だと見なされる。フランスでは人工妊娠中絶権が憲法に明記されたが,地中海のカソリックが色濃いマルタでは堕胎は犯罪で医者も処罰される。ローマ教皇フランシスコは,未だ人工中絶を「殺人」と見なしておりイタリアの人工中絶数は減少し続けているが,それでも出生の減少に歯止めがかからない。極右,宗教界,中国,米国の14州の動きも女性を妊娠や出産の願望とは逆方向に向かわせている。アフガニスタンの女性は中世に逆戻りした。シリア難民を受け入れた北欧,仏独英でさえも移民受入れに寡黙になりつつある。アジアは労働力確保に移民よりはロボットやAIに主眼を置き,移民受入れ政策は頓挫してしまった感がある。少子化問題の研究や対策も出尽くした感がある。

 21世紀の女性は変貌した。彼女たちは静かに性の平等について父親の責任をより深刻に深く追及するようになった。世界は一歩前進,二歩後退の状態で,ジェンダー格差の是正,女性の地位向上,などが声高に叫ばれるなかで出生率が説的に低下するようになった。

 古典派経済学者のマルサスは著書『人口論』の中で,産業革命以降,「人口は幾何級数的に増加するが,食糧は算術級数的にしか増加しない」というマルサスの命題を示した。すなわち地球人口の過剰は不可避で悪夢に向かいつつあると説き,これまでの甘い短絡的な「人口増が国家的幸福につながる」という安易な考えに対して人口抑制という「マルサスの罠」でショックを与えようとした。マルサスの意図した通りかはともかく,国連は7月の地球人口推計で2080年をピークに人口減が早まっていくと発表している。

[注]
  • (1)パリ五輪開会式登場の歴史上の10人の重要女性:Christine de Pizan,Jeanne Barret, Olympe de Gouges, Louise Michel, Alice Guy, Alice Milliat, Paulette Nardal, Simone de Beauvoir, Gisèle Halimi,
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3550.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム