世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
遅すぎた日本の金融緩和の解除
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.08.12
景気は下向き
7月31日,日銀は政策決定会合で,国債買入れ額を現在の月6兆円程度から四半期ごとに4000億円ずつ減らし,2026年1-3月期に3兆円にする方針と,政策金利を0~0.1%から0.25%へ引上げることを決めました。日銀は金融緩和の度合いの調整としていますが,事実上,金融緩和の解除を一歩進めたと言えます。
内閣府の推計によれば,日本経済全体の需給バランスを示すGDPギャップは2023年4-6月期の+0.8%の後,3四半期連続でマイナスとなり,2024年1-3月期には−1.4%と2022年1-3月期以来のマイナス幅となりました。労働需給を示す有効求人倍率は2023年1月の1.35倍から2024年6月には1.23倍まで下がりました。こうした指標が示すように,日本の景気が下向きである今,金融緩和の解除を進めることはタイミングとしては適切なのでしょうか。後知恵に過ぎませんが,インフレ率が急上昇し,有効求人倍率が上昇していた2022年後半から利上げを始めるべきだったのではないかと思います。
円安が止まればインフレ率は低下
政策決定会合と共に日銀が公表した経済・物価の展望(展望レポート)は,基調的物価の指標とされる生鮮食品,エネルギーを除く消費者物価指数の上昇率を2024,25年度とも+1.9%としています。前回4月の見通しから据え置かれましたが,日銀は円安による物価上振れのリスクを指摘しています。
ただ,7月29日付の本コラム(No.3500)「スタグフレーションに陥っている日本経済」で述べたように,消費者物価指数のうち,円安の影響を受けやすい食料,エネルギー,教養娯楽サービス以外の品目の上昇率は,全体的には下がってきています。円安が止まれば,消費者物価インフレ率は大きく下がるでしょう。
それでも金融政策の正常化は必要
今回の政策変更のタイミングが適切だったかどうかについて議論の余地はありますが,それでも長短金利を中期的な均衡水準にまで徐々に引上げ,金融政策を正常化させることは必要でしょう。日本では2%インフレが定着しそうになく,1%がせいぜいでしょう。潜在成長率は0.5%程度であり,それが加速する見込みもほとんどありません。そうすると,政策金利である翌日物無担コール金利の中期的均衡水準は1%程度,長期金利の指標である10年物国債利回りは1.5%程度と考えられます。
4月29日付の本コラム(No.3400)「今,円はどの程度割安か」では,日米の相対物価(GDPデフレーターの相対値),相対生産性(就業者1人当たり実質GDPの相対値),金利差(10年物国債利回りの格差)で円ドル為替レートを説明する推計モデルをご紹介しました。これによれば,足元の推計値は1米ドル=120円台前半です。現在の円安は,相対物価,相対生産性,金利差など通常考えられる経済要件では説明しきれないようです。金融緩和が長期化したことで円に対する信認が低下し,企業の対外直接投資や個人の外国証券の積立投資などの形で静かな資本逃避が増大していることが円安の背景にあるのではないでしょうか。通貨の番人である中央銀行としては見過ごせない事態です。もちろん,金融危機を招きかねないような急激な政策変更には慎重であるべきでしょう。ただ,中央銀行の本来の役割からすれば,通貨の信認回復は,インフレ目標の実現や景気後退の回避より優先すべき課題と言えます。そのためには金融政策の正常化は欠かせません。
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