世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3477
世界経済評論IMPACT No.3477

日本はASEANとOECDの橋渡し役を

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2024.07.01

OECD加盟に動き出すインドネシアとタイ

 インドネシアとタイは「先進国クラブ」とも言われる経済協力開発機構(OECD)加盟に動き始めた。「先進国」には明確な国際的定義はないものの,概して,高水準の所得・教育水準・社会福祉を備えた国々を指すが,政治的安定性や社会的成熟度も考慮される。タイは20カ年国家戦略(2018~2037)で,2037年までの先進国入りを,インドネシアは「2045ビジョン」を策定,独立100周年にあたる2045年に先進国入りを,それぞれ目指す。同加盟は「先進国」入りに向けた重要なステップである。

 2024年2月のOECD理事会は,インドネシアとの加盟協議開始を決定,3月末には加盟ロードマップを採択,東南アジア初の加盟候補国となった。一方,タイは2024年2月に加盟に向けた趣意書をOECDに提出した。

インドネシアとタイ,それぞれの期待

 インドネシアは,OECD加盟によって外国人投資家の信認を得ることに加え,税制,労働規制,環境保護などの分野での標準化を通じた経済の効率性とガバナンスの向上,先進国からの知識と技術の移転を通じた貧困削減や教育の質向上など政策の改善を期待する。またASEAN唯一のG20国であり,OECD加盟は世界的な影響力を拡大する機会である。

 一方,タイは「国家のステータスを高め,国民の生活の質の向上に役立つ」(プロムミン首相秘書官)としている。経済環境の国際標準への準拠などの効果も期待出来,タイ開発研究所(TDRI)は,OECD加盟の経済効果は2,700億バーツに達し,GDPを1.6%押し上げるとしている。

OECD加盟への課題

 ただし,OECDの加盟手続きは形式的なものではない。これはOECD自体が組織規模拡大ではなく,自らの基準と政策の世界的規模での適用を目指しているためである。インドネシアとタイは,OECDが求める水準での法令や規則の見直しが求められるが,その他にもまだ自ら乗り越えるべきハードルがある。

 例えば,インドネシアの未加工鉱物の輸出禁止措置について,欧州連合(EU)はこれら措置が不当な輸出制限にあたると反発している。またOECD加盟には全加盟国の承認が必要だが,加盟国の中で唯一,イスラエルと国交がない。その中で,23年10月に発生したイスラエルとパレスチナのイスラム主義組織ハマスとの紛争について,国民の大多数はイスラム教の同胞であるパレスチナに同情的。そのような中,OECDはイスラエルとの国交正常化を加盟条件の一部とした。国内外のイスラム主義グループを刺激せず,国交が正常化出来るか注視される。

 一方,タイの民主化と人権状況も課題である。OECDでは,公正で透明な司法制度の維持,異なる政治的意見が尊重される政治的多元主義を重視している。人権面でも自由な意見表明や平和的なデモや抗議活動の尊重が求められている。

 タイは2019年の総選挙による民政移管以降も,反政府デモや王室に批判的な意見に対して厳しい取り締まりが行われ,現在も多くの活動家が逮捕・勾留されている。また23年5月の総選挙で地滑り的な勝利を収めた民主派の前進党については,不敬罪の見直しを掲げ選挙戦を戦ったことから,憲法裁判所は違憲判決,同党は解党危機に瀕している。

日本がOECDとの懸け橋に

 OECDは2011年に発出した「50周年ビジョン声明」で,途上国との協力の強化を打ち出した。日本の加盟50周年にあたる2014年,安倍首相は東南アジアの国内優先課題,政策改革,地域統合を支援する「OECD東南アジア地域プログラム」(SEARP)を立ち上げた。日本が橋渡し役となるOECDとASEANとの政策対話等を通じた関係強化は,インドネシアの加盟ロードマップの採択,タイの加盟申請として結実した。

 岸田首相はOECD加盟60周年の24年5月の閣僚理事会で,SEARPを新たな段階に進めるため,今後3年間で800万ユーロ規模を動員して,「日本OECD・ASEANパートナーシップ・プログラム(JOAPP)」の立ち上げを表明した。OECD標準の実効性・普遍性の維持・向上,グローバルな課題への対処には,世界的に重要なアクターとなった東南アジアの参画が不可欠であり,日本がその架け橋となることを表明した。ここでは民間投資,連結性,持続可能性,デジタル等の分野で,専門家の派遣,調査・分析,研修などのプロジェクトを実施する。

OECDの関与強化は日本にメリット

 日本は60年以上に亘り,東南アジアに経営資源を直接投資という形で継続的に投下してきた。日本企業の海外現地法人数の約3割はうちASEANに位置する。OECDを通じたASEANの成熟化・安定化はそれら企業にとっても利益になる。

 ジェトロ調査(注1)によれば,ASEANの投資環境面でのリスク上位5項目のうち4項目がOECDの関与や加盟で改善が期待出来る。例えば,「現地政府の不透明な政策運営」(42.2%),「行政手続きの煩雑さ」(41.4%),「法制度の未整備・不透明な運用」(40.1%),「税制・税務手続きの煩雑さ」(38.8%)などである。日本はASEANの真の「共創パートナー」としてOECDと繋ぐことが,自身の利益になって返ってくる。

[注]
  • (1)日本貿易振興機構「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2023年度)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3477.html)

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