世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3464
世界経済評論IMPACT No.3464

頼清徳総統は何を語ったのか:米誌『Time』による独占インタビュー

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.06.24

 賴清德総統は,5月30日に総統府で『Time』誌の独占インタビューを受けた。今年に入ってからの同誌による指導者のインタビュー特集号は,バイデン大統領,2023年8月に就任したタイのセター・タウィーシン首相に続く3人目である。

 『Time』誌のチャーリー・キャンベル記者によるインタビューで,特に注目したいのは,「台湾と中華人民共和国の関係」,「台米関係の強化策」,「貿易,ハイテクに関する地政学上の摩擦」,「賴清德氏の成長過程と価値観への影響」だ。紙幅の関係上,要点のみを紹介する。なお,以降,中華民国は台湾,中華人民共和国は中国と著す。

 

:当選から4カ月。この間,どのようなことに取り組んだのか。また,蔡英文前総統からこの重責に対し,どのような申し送りがあったか。

:まず,蔡前総統からの引き継ぎだが,外交,国防・国軍,中国との両岸関係,国内の重要課題,総統府の統括,各政府関連部署など多岐にわたる。次に,組閣である。卓榮泰氏を行政院長(首相)に,鄭麗君女史を副院長に,秘書長(官房長官)には前の国家発展委員会主任委員(閣僚)の龔明鑫を指名した。その後,卓院長が党派を問わず,優秀な人材を適材適所に登用し組閣した。民衆からの評判は非常に良い。蔡前総統から申し送られたことは3点。第1に,総統の職責は国家を守り,民主の憲政体制を維持すること。第2に,民意に耳を傾け,民衆に寄り添うこと。第3に,重要な問題に直面した場合には,衆知を集め,議論を重ね,対策を作り推進することが重要である,と言うことだ。

:総統当選の48時間後に,中国は南太平洋のナウル共和国との国交締結の共同声明を発した。同国はこれに先立ち台湾との断交を表明していたが,台湾は国際承認国,国交締結国の減少を心配するか。

:台湾は誠心誠意,互恵の原則で,国交締結国と協力,交流してきた。私たちは国交締結国との友情を大事にしている。だが国交締結国が最終的に中国と国交を締結するのならば,私たちはそれを祝福する。しかし,このような中国による他者を陥れるための行為は,自らを利さないばかりか,“世界の自由の灯台”,“民主主義の要塞”である台湾にはなんら影響を与えない。

:前駐米大使である蕭美琴女史を副総統に選んだのは,米国との関係の重要性を考慮したからか。

:蕭美琴副総統は,駐米大使在任中に優れた成果を挙げ,台湾社会は彼女を台湾史上で最も優れた駐米大使と評している。また,米国を含めて国際社会も彼女の優れたパフォーマンスを認めている。美琴は副総統として新政権と米国との間に,信頼に立脚したチャンネルを構築し,国防・軍事,経済産業など様々な場面で持続的な協力関係の強化することがで出来るだろう。

:総統は就職演説で「両岸(台・中間)の対話,貿易と教育の交流を回復・促進するが,これは相互の対等な関係と尊厳に基づくことが重要であると述べた」。「対等」と「尊厳」の定義は何か。

:第1に,中国は,誠意をもって,台湾が民選により合法的に樹立された政権と交流と協力することが必要である。第2に,それぞれの懸案は互いの利益を求めること。例えば,相互の観光目的の往来を開放すべきである。また,学生の相互留学についても開放すべきである。第3に,中国と台湾が共同の信念として両岸人民の福祉,将来の平和と共栄を目標に持ち,協力と交流を促進する必要がある。

:就任演説では「両岸は互いに従属しない」と述べたことで,台湾海峡における中国の軍事演習を引き起こした。台湾の野党の一部は,以前の“戦略的曖昧”を壊し,両岸の平和と安定に負の影響を及ぼしたと述べたが,これについてどのように考えるか。

:「両岸は互いに縦続しない」は私が最初に述べたのはことではなく,従って中国を挑発する意図はない。「台湾と中国は互いに縦属しない」は,蔡英文総統が2021年の国慶節の時の“4大堅持”で既に論じた。馬英九元総統も在任中に「台湾は1つの主権独立の国家であり,両岸は互いに属さない」と述べた。また,台湾の憲法第2条と第3条に基づいてこの事実を論じている。台湾は国際法上においても,その人民,主権,政府を擁する主権独立の国家である。私の発言の目的は台湾の人民を団結させることだ。

:米国の国務長官アントニー・ブリンケンが4月に訪中,習近平国家主席と面会した。報道によると,習近平が米国による台湾支持を論じた時,会談は興奮気味に変わった。今後,習主席がより攻撃的に振る舞い,台湾統一を拙速に進めようとすることを懸念しているか。

:台湾海峡の平和と安定は,世界の安全と繁栄に必要な要素である。私が就任演説時に国際社会に訴えたことは,蔡英文前総統の“4つの堅持”で,「卑屈でなく傲慢でもなく,現状を維持し,台湾の責務を尽くすこと」である。同時に,台湾海峡問題により,インド太平洋地域の平和と安定が脅かされることを国際社会は容認しない。中国は台湾とともに地域の平和と安定に責任を負い,地域の繁栄を創造し,世界に平和と利益をもたらすよう習国家主席に呼びかけたい。

:中国経済の悪化が,台湾経済に影響を及ぼすと考えているか。

:私の見方は“中国の安定は台湾の安全をもたらす”,“台湾の繁栄も中国の進歩をもたらす”だ。従って,中国の経済悪化による社会の混乱の出現を好まない。事実上,台湾と中国の経済・貿易関係は,世界のサプライチェーンにおける分業の結果で繋がっている。過去において,中国は世界の工場であり,世界の市場でもあった。そのため,台湾を含む世界の多くの国は,中国に投資し,中国で製造・販売し,あるいは中国を通じて全世界に輸出していた。しかし,現在は大きく変わった。中国の経済情勢は悪化し,自由市場との連携はより制御され厳しくなった。いわゆる“国進民退(国有経済(企業)の増強と民有経済(企業)の縮小)”の産業政策により,私企業の知的所有権の保護は失墜し,国際社会の期待に反するようになった。そのほかに,中国が東シナ海,南シナ海で振舞う軍事的拡張は,地域の平和と安定を大きく毀損している。そのため,台湾を含む世界の企業は,以前と異なり中国への投資を避けている。台湾の企業も多くが中国を離れ,インド太平洋,日本,米国,欧州に投資するようになった。

 2010年の台湾の対中投資額は台湾の対外投資額の83.8%を占め,また台湾の対外貿易額のうち対中貿易額は50%以上を占めていた。すなわち,台湾で製造された部品と設備を中国に輸出し,中国はこれらの部品・設備で組立やその他の産品を製造し,全世界に輸出してきた。

 ところが2023年の台湾の対外投資のうち,対中投資はわずか11.4%に大きく減少し対中貿易も35.5%に減少した。一方で,台湾の経済成長率は過去8年間の平均で3.15%であり,アジアNIEsのトップを占めている。蔡英文前総統の8年間の任期中に,台湾証券取引所の株価は155.5%増加し,株式時価はこの8年間に1.8倍増加した。8年前の蔡前総統就任時の台湾証券取引所の株価指数はわずか8000ポイント程度であったが,現在の株価指数は既に2万ポイントを上回っている。要するに,中国経済が悪化しても,台湾の経済は持続的に成長しており,中国からの悪影響を受けていない。

:米国の対中半導体の輸出規制によって,台湾の対中投資も減少しており,同時に,TSMCなどは米国の「CHIPS法」で利益を得た。TSMCの対米投資によって,半導体分野の米中衝突のリスクが増加するのか。

:AIの時代,半導体の重要性は増々高まっている。将来,食衣住行(交通)のハイテク化,スマート化において,半導体は欠かすことができない存在である。半導体産業は世界規模の分業を追求する産業であり,R&D,設計,製造,原材料,設備装置などは世界に分布する産業のサプライチェーンで繋がっている。台湾の強みはIC設計,ウエハーの製造と封止・検査である。原料,設計,装置と技術は米国,日本とオランダに分布している。台湾は半導体の発展を担っているが,同時に世界の繁栄と発展の推進に責任を負っている。TSMCを含む半導体企業が利益と発展のため,米国,日本,欧州などに進出を決めることを政府としては尊重する。半導体企業の分布は,地政学の変化の影響を受けるが,新たな世界のサプライチェーンの構築は,特定の国を意識したものではない。さらに大きな衝突を生み出すことはないと考えている。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3464.html)

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