世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3425
世界経済評論IMPACT No.3425

中道主義の左右の時代は終わり極右の時代なのか

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)

2024.05.20

 欧州連合27カ国の政治経済制度は依然として多様である。ジュネーブ大学アマブル教授や経済産業研究所々長だった青木昌彦などによれば4つの多様性のあるグループに分類される。そこでは資本主義の比較制度分析(Comparative Institutional Analysis)の観点から,市場とは別の「経済組織」による代替的な資源配分メカニズムが均衡に導くという考えである。文化や慣習などの違いには力点を置かず,多元的な経済の普遍的分野による比較を説明するもので,青木等も提唱者である。それによれば,多様性に富む欧州の経済制度には次の4類型が存在する。即ち,①社会民主主義的モデルに立脚する北欧諸国グループ,②地中海型資本主義モデルというべき特徴を踏襲する南欧諸国グループ,③ヨーロッパ大陸型資本主義モデルとして特徴づけられる大陸欧州グループ,④アングロサクソン自由市場型経営モデルの英国,アイルランド,アイスランドのグループ,の4つである。

 多様性の欧州では,保守右翼と革新左翼という単純な伝統的図式と異なり,経済的自由を表す横軸と個人的自由を表す縦軸の偏差で表現される図において,個人的自由を擁護する左翼・リベラルと,経済的自由を擁護する右翼・保守とを図式化し,左下の領域に位置する政治哲学をポピュリズム,あるいは権威主義あるいは全体主義と呼ぶ。現実には多様な中道主義的な制度を国ごとに有している。個人的自由と経済的自由の2つの座標軸のなかで従来の保革の2項対立は終わり,同時に既成政党政治の中道主義の左右の時代も終わりを迎えたのであろうか。多くの国で中道と目される政治勢力が苦戦を強いられ,極右政党の台頭が話題をさらっている。

 6月9日の欧州議会選挙に向けフランスでは極右の国民運動(RN)が30%以上の支持率となっており,マクロン大統領主導の政権党であるルネサンス党とグルクマンの社会党は,それぞれ20%以上には届かず,それ以外の共和派党,不服従党,環境生態政党,共産党なども10%未満と低迷,RNの支持率が圧倒している。このままでは1958年の憲法改正により成立したフランス第5共和政の政体を主導してきた左右の中道政党がすべて脱落してしまう可能性が現実味を増してきた。6月の欧州議会選挙次第では欧州の政治地図が大きく変貌してしまう予測も無視できなくなってきた。以下では全体の総括,主要国の仏独英伊の動向を論考する。

 現在のマクロン大統領の政治思想は次の3つのフランス語表現によって読み取れるとされている。①Social liberalisme 社会自由主義,②En même temps 哲学者ポール・リクールの概念,③Quoi qu’il en coûte「如何なる対価を払っても」,の3つである。マクロン経済学の特徴は,供給が需要を創出するというセイの法則,技術進歩の内生的成長論,動機づけ重視の経営学,国家主導型のジャコバン主義,急進的中道主義,であると評価される。ショックの継起する困難な時代であるが,フランスの経済は長期的にはショックに強い内需主導型の持続性のある経済発展に繋がるハイブリッドなモデルであることも事実である。

 政治的統一がない状態で連邦国民国家の形成がなされたドイツとは異なり,フランス共和国は理念によって国民と国家がその立憲君主制やナポレオン帝政を通じて法の支配を貫徹させながら急進的民主主義を標榜するジャコバン主義的な中央集権体制として形成されてきた。政治勢力の多極化,群島都市国家化,あるいは都市圏と農村部の溶解,社会階層格差の拡大などは,官民調整に基づく計画的「協調経済」,民間部門に介入する「国家資本主義」,資本主義と社会主義が同居する「混合経済」,あるいは家族的財閥企業支配の「200家族資本経済」などと定義されてきたフランスの政治経済社会の大きな変容を物語るものである。この様な官民折衷の政治風土のなかで,不服従のフランス党,共産党,社会党,などの左翼系政党,あるいは,ルネサンス,共和連合派,民主運動MoDem,などの保守派政党,ともその支持率にかつての勢いはない。これらの政党は左右を問わず20世紀に誕生した欧州のリベラリズム,広い意味での中道主義勢力であるが大きく退潮しかねない事態に近づいている。

 そういうなかで2020年代に「五つの資本主義」を著したブルーノ・アマーブル教授はエマニュエル・マクロンほど典型的なネオリベラルな政治家はいないと断言する。マクロンの言説はハイエクではないがリップマンのネオリベラリズムの原理原則をベースに,現状の維持保護よりもその変革に向かって前進することにある。とくに彼の改革路線はネオリベラルな思想哲学によってフランス社会経済モデルの一大転換させようとしている。マクロンの政治経済思想は,フランス革命時に立憲君主制を標榜したフイヤン派の流れを汲む自由社会主義である。ジャコバン・グループの右派が左派から脱退したのがフイヤン・クラブである。国王の責任を追及する左派に対し,議会と国王を共存させようとした右派が中道左派だがその穏健派と言われる所以である。マクロンの大統領直下型の統治スタイルから国家主導型のジャコバン主義と呼ぶ学者も多い。ベルギーのシャンタル・ムッフ(Chantal Mouffe)教授は「急進的中道」(centrisme radical)であるとしている。このような歴史的な経緯や背景を考えていくと,左翼と保守という対抗軸において中道の中心よりは保守寄りの中道右派に位置付けられるであろう。これは大統領就任時にはフランソワ・オランド社会党大統領の閣僚を辞任して,新党を結成した当時の第1期の5カ年がまだ「既得権擁護」(libérer, protéger)を残す中道左派色であったとすれば,2023年から始まった第2期は「戦略的改革」(libérer, planifier)の中道右派と形容されるが,支持率は低迷,独伊蘭など周辺国の中道主義路線も極右政党の台頭の前に受難の時を迎えている。

[参考文献]
  • Renqud Honoré, Soloveig Codeluck, Décryptage, libérer, protéger, balancier du quinquenat, Les Echos
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3425.html)

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