世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3381
世界経済評論IMPACT No.3381

中国の地方政府債務問題:縮小均衡による解決を模索

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2024.04.15

 全人代閉幕後の3月22日,国務院は地方政府債務リスク防止と解決を討議するビデオ会議を開催した。国務院関係各部と各省市のトップが参加し,李強総理が主宰した。この会議において,4つの施策が打ち出された。すなわち,①地方政府の債務リスクを根本から解決するため,緊縮政策を断固として実行すると同時に,あらゆる政策資源を活用し,債務問題の解決を加速する,②城投公司(LGFV)の債務リスクを解決するため,これらの支援を強化するとともに,その数と債務規模の縮小を加速する。また城投公司のトリアージュを行い,その改革の業務転換を推進する,③取引先企業の延滞を一掃する努力を強化し,延滞債権の分類を行い,サプライチェーンに基づく回収業務を強化する,④「遮断と浚渫」の結合を堅持する。すなわち症状と根本原因の双方を治療し,質の高い発展に適合する国債管理メカニズムを確立すると同時に地方政府の投融資制度を改善し,長期的な滞納問題を改善し,不法で不透明な資金調達を断固として遮断する。

 また,3月5日に開催された全人代において,サイド・セッションとして,債務負担の大きな遼寧省,黒竜江省,貴州省,雲南省などのトップが銀行トップと会談を行ったという。債務返済について,借り換えや新規融資の可能性について討議したと言われる。

 上記施策でやり玉に挙げられた城投公司は,昨年末時点で全国12千社に上る。うち,AAAの格付けが取得できる省レベルの城投公司が732社,市レベルが3,514社,区・県レベルが7,754社である。これらの中でAAA格付けを付与されているのが340社。城投公司の資産規模は右肩上がりで拡大してきた。インフラ投資や工業団地の開発投資,さらには不動産開発投資にまで手を出し,中国の成長を支えてきた半面,不透明な資金調達や資金使途が常に問題視されており,地方政府高官の腐敗の温床にもなっていた。2010年には主に汚職の問題で,1,400社余りが廃業に追い込まれたがその後も杜撰な経営体質は改善されず,年間100社前後が廃業に追い込まれている。しかし,不動産不況が発生し,不動産開発関連融資の焦げ付きが拡大した2021年以降,城投公司の経営も悪化し,2022年には111社だったのが2023年には733社が廃業を余儀なくされ,今年に入っても1月だけで78社が廃業ないし破綻している。今年通年で見れば千社近い城投公司が廃業に追い込まれるのではないか。城投公司に対する融資が絞り込まれているのも一因だが,この数年間,党・政府はこの問題を重視し,金融経験のある幹部を続々と地方政府の副省長クラスで送り込み,管理・監督を強化してきたという事情もあると思う。一方,城投公司の資金調達は信用不安もあって先細り傾向にある。また今年・来年は債務返済のピークにあたる。上述の国務院決定を鑑みれば廃業・破産数はさらに増えるかもしれない。

 地方政府は城投公司の出資者でもある。経営の悪化は地方政府の財政にも悪影響を与える。地方政府の「節衣縮食(経費削減)」はこのため,一層強化されるようになっている。三公経費(出張経費,接待経費,公用車費用)は習政権発足後厳しく管理されるようになったが,コロナ禍の中で財政支出が肥大する一方,不動産不況により土地使用権収入が激減し,財政収支が悪化するようになり,職員が費消した経費の立て替え払いも増えているという。ただ,地方政府の事業は雇用維持にとっても重要である。最も重要なのが「三保(賃金保障,社会福祉保障,組織運営保持)」であり,国策であることから懈怠は許されない。これに加え,「農村公益職」という制度も財政上の負担になっている。これは,習政権の農村振興策の要であり,農村の草の根サービスシステムをさらに改善・補完するために,農村公益職を設置するものだ。農村公益事業は,業務範囲が広く,道路・山林の管理,文化遺産,環境保護,コミュニティ福祉サービスなど農村の草の根業務の多くの分野に及ぶ。公益職は,就業困難な状況にある人々に優先的に提供され,雇用維持のための特別基金から社会保険補助金や雇用補助金が支給される。農村公益職の多くはパートタイムで,時給は20元前後と言われる。雇用環境が厳しさを増すなか,農村公益職は重要な雇用の受け皿となっているようだ。月額の支払いは標準ケースで500元と言われるが,千元を超えることも少なくないと言われる。公益職員が最も多いのが山東省で2023年末125万人に上っている。また,政府発表によれば,中西部22省市では貧困対策の農村公益職は500万人近くに上るという。

 このように,地方政府の財政は厳しい状況にあるが,中央政府のスタンスは慎重である。2024年の一般公共予算は前年比3.3%増の22.4兆元,政府基金は7.1兆元で0.1%の伸びにとどまった。全体で見れば予算規模は2.5%拡大したに過ぎない。また,地方政府の公共事業のために発行される専項債の新規発行も1千億元の増額に留まった。中央政府は,財政赤字をなんとしてもGDP比3%程度に抑え込みたいのだろう。そもそも2007年のリーマンショックの時に実施した4兆元に上る財政出動が今日の不動産不況と地方債務問題の悪化につながっていったことに対する強い反省があるに違いない。また,地方政府の債務問題についても,中央政府は「自己責任」と考えている側面もありそうだ。中央政府から地方政府に対する財政移転支出は2024年10兆元に上っている。これはほぼ前年並みだが,2019年と比べると2.6兆元もの増加となっている。

 使い残しのためかどうか,省別に見た中央政府からの移転支出は2024年,軒並み削減されている。そもそも移転支出は財政基盤の脆弱な省に対する収入補填という目的で行われていた。これに加え,例えば,財政に余裕がある江蘇省は雲南省を支援するといったように,富裕省から貧困省に対する省ベースでの支援も行われていた。これに乗って不動産投資に乗り出した支援省の企業も少なくないと言われる。中央政府は地方政府の巨額隠れ債務問題を機に,こうした悪しき慣行にメスを入れようとしているのではないか。実際,雲南省は,中央政府の指示により,計画中と進行中の公共事業やインフラ整備事業の総点検を行い,今年に入って1,500に及ぶ事業中止を決めた。世界一高い吊り橋の建設など耳目を集めるインフラ事業を行ってきた(但し利用者は少ない)貴州省も公共事業を2023年の8千億元から今年は3,700億元へと半分以下に削減した。他省も同じ動きを見せる。

 隠れ債務問題が深刻なのは,同市商務局と北京市商務局が合同で推進した濱海開発で大失敗した天津市を除けば,いずれも「発展途上省」か産業構造転換に後れをとっている省である。すなわちGDP規模が小さく,成長率が低い省ほど債務問題が深刻なのである。これらの省市にとって必要なことは,不動産開発投資やインフラ投資といった従来の成長戦略から脱却し,それぞれの土地柄の特性に応じた成長戦略を構築することではないだろうか。そして,こうした後発省こそが,実業分野での外資の投資を強く望んでいるとも言える。後発省の経済発展のポテンシャルは決して低いものではない。ピンチはチャンスだ。日本企業もこうした省での事業展開を検討する良い機会かもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3381.html)

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