世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3353
世界経済評論IMPACT No.3353

先端半導体の対中輸出規制は無効なのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.04.01

 バイデン政権は2022年10月に先端半導体の対中輸出規制を導入し,スーパーコンピューターや人工知能(AI)搭載の半導体の先端技術,製造装置の中国向けの開発・輸出に対する条件を厳しく規制した。この輸出規制のターゲットは,主には半導体製造を請負うTSMCなどが製造するAI向け先端半導体と,14nm以下の先端半導体製造装置で,同様な規制措置を日本とオランダの政府と企業にも要請した。

 しかし,2023年に華為(ファーウェイ)が開発・販売したMate60 Proのスマートフォンをカナダの技術・知財コンサルタント会社テックインサイツ(Tech Insights)が分析した結果,Mate60 Proに搭載されたチップKirin9000Sが,2022年に華為傘下のファブレス企業のハイシリコン(海思)設計したものであることが判明した。これは中国のファウンドリー企業である中芯国際集成電路製造(SMIC)が受託製造した半導体が搭載されたものであった。

 SMICは2022年の時点で7nm(N+1)の開発に成功し,これに3デンシティ(トランジスタの集積密度)を増やし,7nm(N+2)として先端半導体7nmの設計能力に達したという。Kirin9000Sから確認できた機能は,5G通信のフルプロセスバージョン(完全な処理機能)を備えたことである。Mate60 Proに7nmチップが搭載されたことで,米国の半導体規制による対中包囲網が突破されたと,関係者は強い衝撃を受けた。

 このニュースは世界を駆け巡り,対中輸出規制を実施したジーナ・レモンド米国商務長官は面子丸潰れとなった。2022年に半導体における主たる地政学リスクに対処するための対中輸出規制は,2023年になると,中国により易々と突破され,無力化したことが判明したからだ。

 ハイテク技術は,「軍民融合(Military-Civil Fusion(MCF))」の特質を持ち,米中の衝突を引き起こすか否かを決める重要な課題である。もともとハイテク技術は民間で使われる場合,生活の質を改善させる目的で用いられるため,それ自体は何の問題もないが,軍事目的に転用されることがあると事情は変わる。2020年にトランプ政権が中国に対する貿易戦に踏み切った主な理由は,中国がこの軍民融合技術を持って軍事力を強化したためだ。

 中国はAIによるスーパーコンピューターを用いた次世代ステルス戦闘機や先端武器を開発し,AIによる暗号解読と認知戦を展開していることの確たる証拠を米国の情報機関は掴んだ。AIを用いた量子コンピューターでは,暗号の分析・解読が容易になる一方,量子コンピューターを用いれば情報防衛も可能になる。

 米中ハイテク戦争の本質は,AIによる演算や通信を実現する先端半導体の確保であり,これが米中対立の勝敗を決める重要なカギとなる。

 トランプ政権時に始動した対中貿易戦から始まり,バイデン政権になると先端半導体関連分野の対中輸出規制が実施されるようになった。2022年10月に米国商務省は,先端半導体による軍事用途への使用を防ぐ名目で,スーパーコンピューターとAIに搭載する14nm以下の先端半導体および製造装置,ソフトウェアの対中輸出規制を行ったが,その真の目的は中国の半導体製造能力を削ぐことにあった。米国はソフトウェアとハードウェアの両面の技術で中国と対峙する構えでいたが,多くのソフトウェア技術はオープンソースのため,これを規制することは極めて困難である。よって米国は日台韓およびオランダ,イスラエル,英国などの同盟国・友好国が米国の対中輸出規制に同調することに期待した。そして,これらの各国政府は自国の半導体製造装置企業に,米国と同じ措置を採るように要請した。

 2023年7月,日本政府は23項目の先端半導体の材料や製造装置を輸出規制対象のリストに入れた。オランダは米国の対中輸出規制の11カ月後の2023年9月に追従し,深紫外線露光装置(DUV)を対中輸出規制の対象にした。しかし,11カ月の空白期間に,中国はオランダのASMLにDUVを大量発注した。そしてこの11カ月が中国に米国の規制を突破させる能力を与えてしまった。具体的には,中国は2023年に400億ドルの半導体製造装置をASMLから購入した。これは,中国の史上第2位の輸入額になった。また,2023年12月に中国がオランダから輸入したDUVは,対前年同期比で約10倍の輸入額を記録した。

 第一財経の報道によると,中国の半導体企業の2023年の生産能力は対前年比12%増で,ウエハーは月産760万枚に達し,2024年には年間13%増の月産860万枚に達すると予測している。Trend Forceによると,現在,中国では44の半導体製造工場が操業中で,そのほかに,22の半導体工場が建設中であり,2024年末にはウエハー製造工場は28nmやそれよりも古いタイプの成熟プロセス半導体の生産能力が拡大するという。

 また,成熟製造プロセスの半導体が初期に規制の対象外であったため,中国が成熟半導体に大きく参入するきっかけを与えたが,それは成熟半導体の生産過剰によるダンピング販売をもたらし,世界の半導体製造企業に大きな打撃を及ぼす結果につながると予測している。つまり,中国政府は過去において太陽光パネル,液晶パネルなどの企業に多大の補助金を提供した結果,生産過剰となりダンピング価格で世界に輸出したため,海外の関連産業に大きな打撃を与えた。今回の成熟半導体も同じような轍を踏むことになるのか。その場合,米国が中国製品のダンピング価格に高い輸入税を課するか,また,中国がこれに対し報復関税を他の物品に課すか注目されるところだ。

 海外の多くのシンクタンクは,米国の対中輸出規制は大きな効果を示していないと指摘する。米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のAI・先端技術センター長のグレゴリー・アレン(Gregony C. Allen)の『フィナンシャル・タイムズ』への寄稿「華為の中国製最先端チップは米国を驚かせた(How Huawei surprised the US with a cutting-edge chip made in China)」(2023年11月29日付)では,「先端半導体の技術は,米国の独占ではなくなった。米国は先端半導体の輸出規制措置を採用したが,中国は技術面で絶えず進歩した」と述べ,前述の華為のMate60 Pro に搭載された7nmの半導体製造により,対中包囲網戦略が実質的に失敗したことを指摘した。

 しかし,「中芯国際集成電路製造(SMIC)はASMLのDUVを使い,しかもTSMCやサムスンの特許技術を使った疑いがあるため,華為のスマートフォンは海外企業の多くの特許を侵害した可能性があることから,輸出できず,中国国内での販売に終始するだろう」とも指摘した。米国が懸念しているのは,仮にSMIC製造の7nmの半導体チップが中国の軍事用に使われた場合,厄介な存在になるということだ。

 また,『エコノミスト』誌(2024年2月13日付)は「中国は外国の半導体技術依存を静かに減らしている(China is quietly reducing its reliance on foreign chip technology)」において,米国の対中輸出規制が効果を発揮できないのは,法令による規制だけでなく,執行面に問題があり,この点が非常に重要であると指摘した。記事では「あらゆる国の政策の制定には1単位のリソースが必要だが,執行には10単位のリソースが必要だ」と述べている。米国が対中輸出規制を打ち出して以後,「国内での動きが遅く,ましてEUの同盟国の支持を得るのが遅い」とも指摘した。米国は対中輸出規制を実施し,同時に同盟国から強固な支持を得る必要があるが,EU内部の国家公務員でもハイテクに対する輸出規制を理解できず,米国の規制のフォローや執行面で多くの見落としがあると述べた。『エコノミスト』誌は米国の輸出規制法規の執行面について改善の余地があると厳しく指摘した。

 先述の2023年10月17日付の先端半導体の輸出規制に関連し,『エコノミスト』誌は,中国が海外の子会社を通じ規制された先端半導体を購入することができ,これを防ぐことが必要であると指摘する。

 米国政府2023年10月9日に,サムスンとSKハイニックスに,また同月13日にTSMCに対し,許可申請不要で米国製半導体装置を使い中国の自社工場でのチップ製造を認めた。米国の輸出規制を世界各国で執行する際に生じる諸問題が次々と明らかになってきている。特に欧州では,各国政府とEUの間の責務の分担によって,執行がより複雑になることから,米国はEUのメンバー国に国家安全保障関連の輸出規制の自主裁量権を認めている。その後,EU規制委員会はEU経済安全保障に関する重要な領域リストを作成し,EU加盟国に先端半導体,量子技術,AI関連の中国を含む輸出規制の実施を要請した。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3353.html)

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