世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCは3nmの第3工場を設置するのか:日本の半導体産業の復興なるか
(九州産業大学 名誉教授)
2024.03.25
ブルームバーグの3nm 第3工場設置説
米国通信社ブルームバーグは,昨年11月21日に「TSMC(台湾積体電路製造)が熊本県の第1工場を完成させ,第2工場の建設も計画しているほか,日本で3番目と4番目の先端半導体工場の建設も検討している」と伝えた。報道によると新たな工場は線幅3nm(ナノメートル)の最先端半導体の製造を見据え,大阪か横浜の付近に工場を設置し,日本国内の広域で半導体の生産体制が整う可能性があるとしている。
これについてTSMCは「当面,第2工場の可能性を追求することに専念しているため,伝えられる情報はない」とコメントしたが,ブルームバーグの報道の3カ月後,熊本第1工場の開所式前の2月上旬に,第2工場の建設を正式に発表した。
筆者はブルームバーグの「3nm 第3工場設置」の報道は,「政治的意図」からのもので「商業的な考慮」によるものでないと考える。その情報源は何処なのかは判然としないが,TSMCのリークによるものでなく,「米国の要因」が背景にあると見ている。
熊本第1工場で製造する線幅12/16nm~22/28 nm半導体は,Sonyのイメージセンサーとトヨタなどの車載半導体や家電用に使われ,第2工場の線幅6/7nm半導体はスマートフォンとデーターセンターなどで使われる。ところが,3nmの需要は,米国でのアップルのiPhoneとパソコンや,Nvidia,AMDの生成AIの需要であり,日本国内に大きな需要は現時点では見当たらない。そうである以上,第3工場での3nmの半導体生産は商業的に考慮されたものとは考え難い。
一方,デンソーは第1工場に持株の5.5%を出資したが,それは自社のニーズに基づくものでの合点が行く。しかし,自社ニーズの有無に関わらず,トヨタ自動車が第2工場に2%出資する理由は不詳だ。あとで分かった理由だが,トヨタはファブレス企業を買収し,さらに先端半導体のニーズが高まることを見越している。そうした日本企業の動きがあるのであれば,ブルームバーグの「3nm第3工場設置説」にもなんらか関係している可能性を排除することはできない。
地政学リスクの考慮か
仮に「台湾有事」が発生すると,世界の半導体供給が滞り,世界経済に与える損失は10兆ドル以上との予測がある。つまり,地政学リスクから,台湾以外の製造拠点を設けるというバイデン政権が考える「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」に基づく「Taiwan+1」への要請がそこにある。「フレンド・ショアリング」とは,同盟国や友好国など近しい関係にある国に限定したサプライチェーンを構築することを指す。
TSMCのアリゾナにおける線幅4~5nmの先端半導体のウエハー工場の設置と運営が,労働組合問題で進展が大幅に遅延している。そのために筆者は,TSMCとして3nmを日本で製造できれば,米国での生産をそれ程急がなくても済むとの考えもあると見ている。要するに,日本で3nm先端半導体工場の設置動機は,台湾有事が発生した場合,先進国の半導体需要に大きな支障を及ぼさないことにある。
第3工場は何処に設置するのか
ブルームバーグは,大阪と横浜の付近に第3工場を建設する計画があると報道した。これについて,筆者は大阪や横浜の付近では既に人口が多く,地価も高騰しているため,工場設置の可能性は低いと考えている。
事実上,TSMCの熊本第1工場建設では,熊本菊陽町に「TSMCフィーバー」による地価の高騰を招き,今年末の第2工場建設による人員の流入で,再び地価の高騰があるかも知れない。仮に今後熊本の地価高騰による土地の確保や建設費用に影響が及ぶ場合,熊本県以外の九州地域での第3工場や第4工場の投資可能性も否定はできない。
TSMCの台湾での半導体工場の設置情況を見ると,初期は新竹サイエンスパーク周辺であったが,近年,新竹付近の土地の確保が難しくなり,南部サイエンスパーク(台南,高雄)や中部サイエンスパーク(台中)に進出している。しかしこれら3拠点の移動時間は2時間以内だ。その観点から日本における第3工場の設置があるとすれば,既存の拠点からの移動時間が2時間以内の九州地域内になると考えられる。仮に操業中に何かの機械のトラブルが発生し,保守する場合,やはり2時間以内で修復できることが必要で,遠く離れることは事業効率上は不利に働く。
日本半導体産業の復興の可能性あり
2月24日の熊本工場の開所式で,TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)は挨拶で「JASMは日本と世界の半導体サプライチェーンの強靭化を向上させ,日本の半導体産業を新たなルネサンスに導くと信じている」と台湾と日本の連携の意義を強調した。
また,モリスは「これからの数年間に,先端半導体は生成AI(人工知能)分野から(年間)数百万枚のウエハーの需要が発生する。最近,AIの関係者と半導体の需要と生産能力について論じたが,彼らが必要としている先端半導体ウエハーの需要は,月産で数万枚の単位でなく,数十万枚単位の能力を擁する3~5つの半導体ウエハー工場だ。さらに将来には10の半導体工場が必要となろう。これほどの規模での需要があると言われても容易には信じ難いが,いずれにしても大規模な需要があることは見越しておかねばならない」と述べた。
日本のマスコミは“日本の半導体産業に新たにルネサンス”との発言は「リップサービスに過ぎない」と軽く受け止めたようだが,モリスの発言で述べた“AI関係者”とは,生成AIで注目を浴びているNividiaのジェンスン・フアンCEOだと筆者は考えている。この1年間にジェンスン・フアンは度々台湾を訪問しモリスと会っている。
仮にAI関係者が述べた生成AIで必要とする先端半導体の数を中ほどをとって「5つの半導体ウエハー工場」と同規模の需要とした場合,上述の「ブルームバーグの第3工場設置説」と合わせて考えると,第3工場や第4工場の日本設置の可能性は十分あると考えられる。モリスの「日本の半導体産業のルネサンス」の発言はリップサービスでなく,日本の半導体産業の再興はTSMCの力を借りた“他力本願”であるが,充分に可能性のある話であろう。
3D封止工程の設置打診
ロイター通信は3月18日,TSMCがAI向け半導体の生産に不可欠な先端封止(パッケージング)工程を日本に設置することを検討していると報じた(「日本に先端半導体「後工程」の生産能力,TSMCが検討=関係者」)。前述のモリスの発言の通り,先端半導体のニーズが高まれば,同時に先進封止のニーズも高まる。NvidiaやAMDによるAI半導体の需要急増で,TSMCは今年5月上旬,嘉義科学園区(嘉義県太保市)で先進封止技術,「CoWoS」(コワース=チップ・オン・ウエハー・オン・サブストレート)の2つの工場を着工し,2028年に量産すると発表した。しかし,この2工場程度の増設では処理能力は依然不足が見込まれ,製造装置や材料メーカーが集積する日本を新たな工場建設の候補地として考えていると伝える。
TSMCの「CoWoS」のパッケージング工程とは,回路を微細化する前工程の技術による性能向上が限界に近づく中,1パッケージに複数のチップを実装するチップレットや立体的に重ね3次元(3D)実装をして性能を向上させる先端パッケージング技術であり,その重要性が後工程の中で高まっている。
[参考文献]
- 朝元照雄「TSMC熊本工場開所式の意義:日本における半導体ルネサンスの始まりか」世界経済評論Impact No.2240,2024年3月18日。
- 朝元照雄「TSMCがライバルに勝った理由:UMC,IBM,インテル,サムスン電子」世界経済評論Impact No.3223,2023年12月11日。
- 朝元照雄「なぜ,TSMCが世界最大のファウンドリーになったのか」世界経済評論Impact No.2713,2022年10月17日。
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