世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
香港経済「光明論」のはずが「終末論」に
(亜細亜大学アジア研究所 教授)
2024.03.18
2020年に香港国家安全維持法(国安法)が施行され,西側世界の香港を見る目は大きく変わった。返還からのテーマだった一国二制度がどのように実行されるかではなく,厳しい社会統制が敷かれ,「言論・報道の自由」のない経済都市が果たして繁栄を続けることができるのか,という疑いを含んだ眼差しである。
そんな中,昨年11月には中国の人気SNS「小紅書」や微博などネット上で「国際金融センター遺跡」がバズった。香港金融街の写真やそれを西安の兵馬俑と一緒にしてupされ,香港でも「遺跡観光歓迎」など自虐ネタが拡散した。
国際金融センター遺跡などと揶揄されるのは,香港金融市場の地盤沈下が激しいからである。2023年の新規株式公開(IPO)は前年比56%減の463億香港ドル,過去20年以上で最低,世界ランキングでは新興のインドにも抜かれて6位に後退した(22年4位)。S&P 500や日経平均など海外主要株式市場が活況を呈する中,香港ハンセン指数は2018年の最高値33,154から半分以下の水準に低迷し,今年1月には15,000割れを記録した(3月12日現在17,093)。また中国国内に比べて電子決済の普及が遅れていることや,海外移住など人材流出が進んでいることも遺跡と呼ばれる背景にある。
香港政府はこうした悲観論に反発し,2024年は文化やスポーツイベントを通じてコロナ禍で減少した観光客を呼び戻し,傷ついたイメージの回復を図ろうと乗り出した。その最初の目玉が2月4日,世界的な人気サッカー選手・リオネル・メッシやルイス・スアレスを擁する米MLSインテル・マイアミと香港選抜チームとの親善試合だった。
ところがメッシはこの試合にケガを理由に出場せず,試合後にも一言のメッセージもなく次の試合・日本に向かってしまった(3日後には日本でプレー)。行政長官以下政府高官が一緒に写真を撮ろうとそわそわしていたのに選手は素通り。期待していた観光宣伝に利用できるような場面は何もなく,1600万香港ドルの協賛金を拠出することになっていた香港政府のメンツも丸つぶれだった(後日,主催者が申請取り下げ,入場料は半額返金)。
この事態に対し,香港メディアが「陰謀論」を持ち出した。即ち,香港のイメージアップを快く思わない海外勢力が仕組んだ陰謀だ,とする主張で,これに証拠を挙げて反論するのは難しいが,微に入り細に入り,なかなかの想像力だ。
香港への冷や水はまだ続く。春節休みを終えた2月21日,モルガン・スタンレー・アジアの会長を務め,中国経済には楽観的,好意的な見方をしていたスティーブン・ローチ氏が英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿したコラム「Hong Kong is over(香港は終わった)」である。
「認めたくはないが,香港はもう終わりだ。私がかつて故郷と呼び,ダイナミズムのとりでとして大切にしてきた都市は,過去四半世紀に世界の主要な株式市場の中で最悪のパフォーマンスを記録した」と嘆いたのだった。もちろん,これにも香港の高官が反論するが残念ながら,政府の主張に説得力を感じる人は少ない。
2月28日,香港政府は回復が遅れている観光業活性化のため10.9億ドルを投じて花火とドローンを使った新しい形のイベントを毎月開催すると発表した。「映えスポット」の演出に必死だが,思い出してほしい。往時は通りにせり出した色鮮やかなネオンサインが香港の旺盛な活力を象徴していた。ところが2010年の建築法等の改正により,ネオンサインの高さや大きさが制限され2020年までに9割が姿を消したという(映画「燈火(ネオン)は消えず」)。
懸命にカウンターナラティブを仕掛ける香港政府だが,やればやるほど,言えば言うほど空回りする残念な結果となっているのではないだろうか。
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