世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANとの信頼に基づく共創
(元立命館アジア太平洋大学 教授)
2024.02.19
日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議が2023年12月に東京で開催された。岸田首相は「信頼」に基づく「共創」による「平和と繁栄」を言ったが,ASEAN加盟各国の社会システムと別に,ASEANという国際的な社会システムがあるかについては疑問だ。
国際社会での発言力強化の為にASEANの名を使うだけで,ASEAN加盟国間での,競争はあっても,信頼に基づく共創による平和と繁栄が目指されているのかも疑問だ。
ASEAN諸国の開発主義時代は終わっているのに,ASEAN各国の現政権は,国民に幸福を提供するとの名目で,開発主義とナショナリズムを結び付けている。SDGsとESG重視が世界の潮流だが,Sの民主主義,少数者保護,弱者保護,適正な労働条件,Gのガバナンス,Eの自然環境は,未だ重視されていると言える水準にはない。タイではナショナリズムの象徴である王室への不敬罪改正を主張することが不敬罪にあたるとされ,民主的な総選挙で第一党となった政党の解党命令が出ている。インドネシアでは世界最大と言われる民主的大統領選が行われるが,本稿執筆時点(2月14日)でプラボウォ国防相が最も優勢とされている。プラボウォはスハルトの娘婿の陸軍特殊部隊司令官として,ニンジャと呼ばれた部隊を使い,反スハルトの活動家達を誘拐・失踪させ,華僑系ショッピングセンターを買物客諸共焼討ちし,スハルト政権崩壊後,軍規違反を問われ軍歴を剥奪された人物だ。しかし国民は彼を支持している。ミャンマーでは民主的な総選挙で選ばれたスーチー率いる政権をクーデターで倒した軍事政権が支配し,反軍事政権の活動家達は少数民族と連携して軍事行動に出ている。
開発主義では,経済振興により経済的な豊かさを国民に実感させて支持を得る。ナショナリズムは排外主義により国民の支持を得る。資源ナショナリズムによりインドネシアが2020年導入したニッケル輸出禁止措置は,2022年WTOパネルでWTO協定違反とされたが,WTO上級委員会への上訴で,継続されている。米国がWTO上級委員を出さないからだ。
排外主義としてのナショナリズムは途上国のみならず,移民排斥という形で先進国でも起こっている。社会的弱者・少数者の権利を守ることが,多数者を占める国民の生活を脅かすとの保守主義の論理だ。経済的勝者が曖昧な弱者を取り込んで,明白な弱者を守れと主張するリベラルを攻撃している。SNSでの誹謗中傷や虚偽情報が典型だ。自由な市場経済の勝者と権力者は,自助努力が求められている曖昧な弱者達に,敵は分配と承認ばかり求める明白な弱者だと広言する。途上国の権力者は国内では排外主義ナショナリストとなって多数者の支持を得,国際社会では,途上国である我が国は,明白な弱者だから,国際貿易・投資秩序のルールの例外として資源ナショナリズムを認めよ,先進国は途上国のCO2削減対策資金を出せ,外資系企業の我が国への経済的貢献は少な過ぎる,と主張する。
社会システムは政治,経済,文化・教育,法の四つのサブシステムで出来ている。社会システムの外に自然システムがある。国民国家単位の社会システムの下で自然環境の破壊が進んだ。国民国家を超えた国際社会システムで対応する必要が生れ,国連はSDGsを言い,グローバル企業はESG経営をしないと消費者にソッポを向かれると気付いた。
問題は,国民国家と国際社会における文化・教育システムと法システムの在り方だ。文化・教育システムは,伝統の維持と変容が各国民国家別に進んでいる。ASEANや中国の小中高校生の教科書では,自国中心主義の歴史が語られ,世界史と世界地理への言及は少な過ぎる。1979年の中越戦争を知らずに,中国は海外侵攻したことはないと主張し,インドネシアの首都名が言えない,多くの中国人留学生を筆者は教えて来た。ウズベキスタンの留学生は,チムールは酒など飲んだことが無い,と平気で言う。ナショナリズム教育で,自分には他文化理解が不足している,と思う寛容さが必要だが,寛容さは無関心にすり替わっている。
法システムは国民国家単位が基本だから,国際社会システム共通の法システムは,国際人権宣言,ILO条約,WTOルール,地域間貿易投資協定,安全保障といった特定の分野でしかなされない。それらは国民国家を超えて国民の幸福感に寄与するべきだが,国民国家の国益により制限されてしまう。炭素税・デジタル課税の国際水準での導入や,国際レベルで共通する競争法の導入は困難だ。日本政府も世界70か国が参加する国連の核兵器禁止条約に参加しないのが国益だと思っている。
法システムは,政治,経済,文化・教育の各システムを統合する機能を持つ。自国民の幸福感が増す国民国家と国際社会で重層する法システムを,ASEANと各加盟国に提案すればよい。デジタル犯罪の国際的取締り,ハッカー取締り,SNSでの誹謗中傷や虚偽情報拡散をする者とplatform事業者への国際的取締り,生成AI規制,国際的な優越的な地位の乱用の防止,国を跨ぐe-tradeの消費者保護,はそのような重層する法分野だろう。信頼に基づく共創になるASEANに対する日本の法整備支援だ。
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