世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国春節消費のリアル
(多摩大学 客員教授)
2024.02.12
この時期,例年であれば,中国大陸から消費者が香港に押し寄せるのだが,今年は逆に,香港市民が深圳や広州に押し寄せる事態となっている。目的は買い物だ。昨年12月以降,大陸を訪れる香港市民は週150万人に達する一方,香港を訪れる中国市民は50万人前後に留まっている。お目当ては香港よりも安い食料品や日用品で,人気のあるのはコストコなどの会員制スーパーのようだ。
1月の中国消費者物価指数は前年同月比マイナス0.8%だった。春節を控えたこの時期,とりわけ食料品価格は上昇するのだが,豚肉は17.3%,野菜は12.7%の下落,食品全体ではマイナス5.9%である。航空運賃も13.6%下落した。国内線の旅客数はコロナ禍前の水準に戻ったが,国際線はまだ7割程度の水準に留まっている。消費者物価指数は,前月比で0.3%上昇したと現地メディアは伝え,「回温」を強調しているが,消費者物価は5カ月連続で前年比を下回っており,これは2009年のリーマンショック以来のことだ。
2023年の中国の経済成長率は5.2%と政府目標を達成した。経済成長に占める消費の貢献度は80%を超えた。不動産不況の出口は見えつつあるものの,物件価格は新築も中古も底値を探る動きが続いている。景気の本格回復を支えるのは消費だが,消費者の先行きに対する懸念は春節の時期とはいえ,払拭されたわけではない。先行き不安により消費者の財布の紐は固いように見える。
持ち家率の高い中間層の場合,手持ちの不動産価格の下落傾向が続いており,資産効果が減殺されている。政府は住宅ローンの貸出金利を引き下げ,より低金利でのローンへの借り換えも昨年からは容易になっているというものの,物件価格が下がっているので担保割れした分,返済しなければならない。金利負担は減るが,返済負担は増える。
これに株安が追い打ちをかけている。1月,中国の株式市場はメルトダウンともいうべき4%を超える大幅な下落となった。株価は,恒大集団のデフォルトが発生した2021年以降,関連銘柄の続落に引きずられる格好で下落している。テック企業の株価も冴えない。アリババの株価は2020年の蚂蚁金融のIPO中止以来75%も下落している。2021年年から今年1月に至るまで,株価時価総額は2兆ドルも縮減した。
こうした中,企業側は,消費喚起に躍起になっている。方策は値下げだ。自動車業界は,過剰生産能力と過剰在庫という事情もあって,昨年来,激しい価格競争を繰り広げている。地方政府も様々な優遇策を独自に講じ,自動車とくにEVの拡販を支えている。一方,このあおりを受けているのが4S店(販売(sale),部品交換(spare part),アフターサービス(service),フィードバック(survey)を行う自動車ディーラー)であり,値下げ競争に伴う利幅の縮減による経営悪化が顕著になっている。1月16日,広東省の大手独立系ディーラー広東永奥投資集団有限公司(2014年設立,資本金2億元)が破産し,傘下の80社の4S店の店舗在庫が銀行によって差し押さえられた。同社系列ディーラーから車を購入し,春節の帰省に使うつもりで納車を待っていた消費者は途方に暮れているという。
例年ならば販売が最高潮に達する白酒業界も青息吐息の状態のようだ。昨年の白酒の生産量は2.8%減少した。しかし,それでも在庫は減っていない。飛天茅台,八代五粮液,国窖1573,青花郎といった一瓶千元を超える高級酒は一定の需要に支えられ売上を維持しているが,それ以下のブランドは苦戦を強いられているという。一般消費者にとって手が届くのが500元以下だが,この価格帯の売上が伸び悩んでいるようだ。平均単価は昨年の400元から200元に落ちたと嘆く販売店もいるという。一本買えば一本おまけという「買一送一」も横行するようになっているという。また,従来の大口顧客だった不動産開発会社からの注文も激減しているそうだ。現地メディアによれば,ある都市販売店の場合,地元の開発業者から数十ケースの注文があったものの,掛け売りだったため,熟慮の末に謝絶したという。支払いリスクを懸念したためだ。高級酒も売上を維持するため,値下げを強いられている。ネット通販では五糧液が千元以下で売られるようになっている。
飲食業界も厳しい。飲食関連の消費は,二桁の伸びをみせているが,コロナ禍前の水準までは回復していないようだ。日銭商売のこの業界はコロナ禍で大打撃を受けた。3割近い飲食店が休業ないし閉業を余儀なくされたという。ゼロコロナ政策が解除されて以降,外食需要は回復傾向にあるが,ある火鍋チェーンの場合,平均売上は一卓あたり380元から320元に減少したという。外食の頻度も週3~4回から1~2回に減ったとも言われる。飲食店の数自体は増えているが,いずれも小規模の店舗かチェーン店であり,客単価は低い。それが,売上確保のため激烈な値下げ競争に走っている。とくに撤退した店の後を襲った新店は,客を確保するため思い切った値下げを行っている。一人前の火鍋を9.9元で売る店も現れた。どう考えても持続不可能な値付けである。この結果,飲食業界で最も儲かっているのは,中古の厨房設備販売業者だという。既存業者に加え,新規参入業者がバタバタと倒れ,またそこに新手が参入するためだ。
無論,党・政府はこの事態に手を拱いているわけではない。1月末から2月初めにかけ,北京,上海,広州,深圳の各氏は,非戸籍者の住宅購入制限を大幅に緩和した。広州市の場合,非広州戸籍の住民が住宅を購入する場合,最低5年間の所得税と社会保障費の納入実績が条件となるが,これが面積120平米以下の住宅に限って2年までに短縮された。広州戸籍の住民に対しては,3件目の住宅購入も認められるようになった。また,2月1日には,新たな不動産開発業者支援策も公表された。救済対象となる企業はすでに公表されているが,今度は,これら企業の個々の開発事業を対象とした資金支援の実施である。これには,碧桂园,龍湖集団,中国奥園,世茂集团,金科股份,遠洋集団,雅居楽集团などデフォルトを起こした企業も含まれる。
株価の梃入れも開始された。それに先立つ2月7日,証券監督管理委員会トップの易会満氏が更迭され,上海市副書記の吴清氏が就任した。金融センターの上海で実務を取り仕切っていた実力派官僚であり,2005年から10年にかけて,証券監督管理委員会の主任として主にリスク管理を担当した実績もある。そして,「国家隊」の投入である。国有投資会社である中央淮金,中国国新控股などが買いに乗り出した。2月7日の一日だけで,取引額は約7千億元に達し,CSI300指数は3.2%,中小企業が多いCSI1000指数は7%も上昇した。
地方政府は,消費券を発行するなどして消費喚起に務めているが,財政難もあって全般的に低調に感じられる。それをカバーするためか「小区(一定の公共施設を備えた集合住宅。社区よりも狭い居住地域)」が独自に「紅包」を住民に配布する動きが広まっている。小区は,区内にある集合住宅から管理費用を徴収する一方,エレベーター内での液晶広告や自販機の設置や,店舗をテナントとして入居させることによって相応の収入を得ているが,この利益を春節の「紅包」として還元しようというものだ。広州,杭州,寧波,温州,重慶など各市の小区でこの動きが広がっている。金額は一戸あたり200元前後とみられるが,中には2千元もの紅包を配る小区もあるという。
消費者には節約ムードが漂い,政府の景気対策にも「思い切りの良さがない」との不満も聞こえる。一方,1月末に北京で開催された今年第一回目の党中央政治局会議では,経済よりも党内規律の引き締めと安全保障対策に関する議論が優先された。今年は,建国75周年にあたる。まずは,政治の足元を更にしっかりと固めることが優先されているのだろう。
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