世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3283
世界経済評論IMPACT No.3283

“春江水暖鴨先知”から“寒江水冷鴨先知”:“Chiwan”から脱中する台湾企業

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.02.05

 「春江水暖鴨先知」(春江 水暖にして 鴨先ず知る)は,北宋の詩人蘇軾の「惠崇春江曉景」(恵崇の描いた『春江暁景』画)を詩に詠んだ中の一節である。南方の地に越冬した渡り鳥の鴨が,春が来て江川の水が暖かくなり,北方の地に戻る季節が来たことを,水面にいる鴨が先ず知ることを意味している。逆に表題の「寒江水冷鴨先知」は,冬寒波の到来で,北方の棲息地にいた渡り鳥の鴨が,南方の地に渡る季節を知ることを意味している。

 しかし,本稿における「寒江水冷」は,米中対立を意味している。中国の経済悪化や「反スパイ法」の強化により恣意的に外国人を逮捕できる投資環境の悪化を意味し,「鴨先知」とは台湾企業を含む外資系企業が先ずその危険のシグナルを感じ取り,中国ビジネスから撤退することを意味している。

 本件について,『The Economist』(2020年11月1日付)の記事「なぜ台湾と中国の通商関係がほころび始めているのか(Why Commercial ties between Taiwan and China are beginning to fray)」は,台湾企業の対中投資が年々減少している事実を伝えている。

 中国の鄧小平,江沢民および胡錦濤の改革開放時代に,台湾企業は積極的に中国に進出した。その結果,“Chiwan(チャイワン)”という中国(China)と台湾(Taiwan)をかけ合わせた造語が巷間で使われるようになった。“Chiwan”は“Made in China by Taiwan(台湾企業による中国での製造)”と同義で,台湾企業の中国での活発な活動を象徴する言葉でもあった。ところが,中国は南シナ海に人工島を次々と建造し,「戦狼外交」に象徴されるように周辺国に威圧の態度を見せるようになった。また,軍備に大量の資金を投入し,遼寧号空母(ソ連製の「ヴァリャーグ」を購入し改造した空母),山東号空母,福建号空母など戦艦などを次々と建造,地政学的に米国の覇権に挑戦する動きを見せはじめた。

 こうした動きを機敏に察知した台湾企業は,中国の製造拠点を重視し,さらにビジネスを延伸させる“チャイナ・プラス・ワン(China+1)”から“デカブリング”や“フレンド・ショアリング”という「中国離れ」に大きく舵を切るようになり,撤退する事例も出るようになった。

昆山の“経済奇跡の消失”

 上海から車で約1時間あまりに地方都市の昆山がある。2020年までに約5300の台湾企業,約10万人が集積し,台湾企業は昆山の総生産の30%,工業生産の50%,外資投資額の60%,輸出入額の70%に寄与しており,それ故に昆山は「リトル・タイペイ(小台北)」と呼ばれている。しかし現在,この「リトル・タイペイ」に大きな異変が起きている。2023年7月までに3分の1の台湾企業が撤退し,台湾企業を含む外資製造業の輸出額は対前年比で15%減に達し,現地の経済に大きな打撃を与えている。中国に滞在する台湾人の数は,2013年の43万人から2022年には17.7万人と大幅に減少し,台湾の中国への投資額も2010年の146億ドルから2023年1月~11月期には29.6億ドルに急減した。

 中国は改革開放初期に台湾企業に優遇条件を与え,台湾企業は長江デルタの昆山,重慶,蘇州や珠江デルタの東莞などに進出し,集積効果をもたらした。東莞などには労働集約型産業が集積,これに対し,昆山,鄭州などはハイテク関連の資本集約型産業が集積した。台湾企業の進出によって,昆山は中国のなかで最も豊かな地方の町に変化し,同時に,昆山も台湾企業に儲けのチャンスをもたらした。しかし近年,新型コロナ禍の影響も相まって,台湾企業は撤退するようになり,昆山も過去の繁栄の輝きを失うようになった。台湾企業の撤退は,昆山“没落”をもたらしたと言えよう。

 昆山だけでなく,他の地方でも撤退が見られる。台湾企業の中国からの撤退の背後に,中国が直面する困難である。国外や国内のメディアの報道や統計データなどから,中国からの撤退は単に台湾企業だけの問題ではなく,他の外資企業でも同様で“世界の工場”としての中国の地位が崩れ始めている。

 台湾企業の撤退の理由は次の3点であると筆者は考える。すなわち,(1)米中貿易戦争以降,米国などの顧客からEMSを受託する台湾企業に中国以外の製造拠点へ移つるよう「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」の要請がある。「フレンド・ショアリング」とは,同盟国や友好国など近しい関係にある国に限定したサプライチェーンを構築することを指す。

 (2)製造コスト側から観察すると,近年,中国の人件費の高騰,労働に関する法規の修正,環境保護からの要請,地方政府との交渉過程の行政コストの上昇,改革開放の推進初期に享受した優遇条件の消失などが挙げられる。そのほかに,模倣品の氾濫や技術を習得した従業員のヘッドハンティングを通じた類似品製造など知的所有権の侵害や,2023年7月から強化された「反スパイ法」による外国人駐在員の安全リスクの高まりがある。

 (3)中国の需要側から観察すると,中国経済がデフレスパイラルに陥り,都市部16歳から24歳までの失業率が2割を超え(2023年6月),国内需要が大幅に減少した。そのために,台湾企業は中国以外の同盟国や友好国の製造と消費市場の開拓が必要となり,中国から撤退する動きもこうした事情が反映されている。近年,脱中国により台湾に戻って投資した企業数は1428社,2兆台湾ドルを上る。

 前述したフレンド・ショアリングの対象国・地域は,東南アジア(ベトナム,タイ,マレーシア,インドネシアなど),インド,メキシコなどである。しかし,これらの国・地域への移転過程は簡単なことではない。製造基地の移転には様々な困難に直面し,言語,風習,インフラ整備,サプライチェーン構築,現地法規などの問題が存在するが,中国からの撤退とフレンド・ショアリングへの移転は一つの趨勢になっている。

 米国は,先端半導体やハイテク技術,軍事的用途に転換可能な技術について,中国とのデカップリング(分断)を進めており,同盟国や友好国にも要請している。一般的な民生用品についても,中国への過度な依存を減少させ,輸入先を分散させている。要するに,「China+1」と称して,中国からの完全撤退までは要請せず,「China+1」の「China」に残す部分が多いか,または「+1」の部分が多いかは,企業自身の判断に任せているようだ。

 台湾企業の視点から見ると,世界の製造基地の再構築は,経営コストの低い地域を求め,企業の最大利益を追求することである。当然,台湾企業によってもたらされた“昆山経済の奇跡”は,台湾企業の撤退によって次第に“消失”してゆき,中国の経済状況はますます悪化の一途を辿るようになる。中国が謳歌した“世界の工場”と役割も次第に終焉を迎えるようになる。

 恒大集団,碧桂園などの不動産開発業者による巨額の赤字と債務不履行(倒産),「一帯一路」による巨額赤字,“鉄公基”(鉄道,道路,インフラ)の建設がもたらした巨額の財政赤字,過度のゼロコロナ政策で行われたPCR検査・抗原検査による地方政府の財政崩壊などの構造不況により,中国のセメント業,紙業,百貨業,飲食業,美容医療業など6つの業界における台湾企業の利益は急速に低下した。これらの産業だけでなく,前述の通り,コスト面,需要面に加え国際情勢の大きな変化による台湾企業の製造拠点の再構築は東南アジア,インド,北米,欧州で確認することができる。TSMCの熊本菊池町,米国アリゾナ州やドイツ東部ザクセン州ドレスデンの半導体工場の建設は,代表的な海外拠点構築の実例だ。

 米商務省の貿易統計によると,2023年1~11月の米国の対中輸入額は対前年同期比で20%超減少し,年間ベースでメキシコに抜かれる公算が大きく,カナダにも抜かれる可能性がある。スマートフォンの中国からの輸入額は対前年同期比で約1割減,逆にインドが5倍に増加した。パソコンは対前年同期比で約3割減,一方でベトナムが4倍に増加した。台湾企業の中国からの撤退とベトナムやインドへの拠点整備が米国の貿易統計に明確に表れた。

 単に台湾の企業だけでなく,中国家電大手の海信集団(ハイセンス)は2億6000万ドルをメキシコに投資し,米国市場向けに冷蔵庫などの工場を設けた。自動車メーカの上海汽車集団などもメキシコ工場の建設を計画している。トランプ前大統領が中国製品に課した計3700億ドルの制裁課税やバイデン政権の「フレンド・ショアリング」の推進も背景にあると考えられる(『日本経済新聞』2024年1月11日付)。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3283.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム