世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3278
世界経済評論IMPACT No.3278

ミャンマー(ビルマ)の政治状況:タイ側の報道から

山本博史

(神奈川大学 名誉教授)

2024.01.29

 2021年2月のミンアウンフライン司令官による,「選挙不正」を口実とするクーデター後のビルマの情勢は,当初日本のマスコミにも大衆による広範囲の抗議活動が大きく報じられた。しかし,ウクライナとガザの惨状に隠れ,日本での報道頻度は減少している。最近ビルマでは国軍が劣勢となる新展開がみられるようになった。タイで報じられている情報をもとに現況を述べたい。

 2021年2月にクーデターを起こした政権に対する少数民族と民主化勢力(NLDの亡命政府NUGなど)の戦闘が大きく動く要因となったのは,3兄弟同盟の成立であった。これらの少数民族は麻薬やオンライン詐欺などの非合法活動を資金源としてきた過去があり,民主主義的な理念をもっているわけではないが,現況の政治情勢からビルマ国軍(タットマドー)への攻勢で利害を一致させたと思われる。

 3兄弟同盟は,アラカン=ラカイン(AA),コーカン(MNDAA),ターアン(TNLA)の少数民族反政府組織が2023年10月27日に結成した同盟である。3軍は1027作戦と呼ばれる軍事攻勢をかけ支配地域を拡大した。タイのパラードーン中将の情報によると,昨年12月初めにはビルマ全土300余の郡のうちすでに130郡が反タットマドーの勢力の配下にあるという。その後も少数民族側は攻勢を強めており,さらに多くの支配地域を手にしていると考えられる。

 3兄弟同盟の居住地域は,中緬を結ぶガスと石油のパイプラインが通っており,中国にとっては戦略上重要な権益をもつ地域である(2013年からガス,2017年から石油の供用が開始された)。パイプラインはラカイン州のラムリー島のチャウピュー港を起点として,マンダレー近郊を経由し,シャン州北部のムセの西ナムカムから中国へ入るルートとなっている。また,シャン州北部は中緬貿易で大きな権益がある地域でもある。中国政府はクーデター政権と友好関係を維持しつつも,シャン北部の3兄弟同盟やワー族とも良好な関係を維持している。さらに,シャン州北部の中国国境地域は中国本土に対する麻薬供給やオンライン詐欺の拠点となっており,その被害が中国政府にとって許容できない規模にまで膨れ上がっている。そのためビルマ政府に取り締まりを依頼したが,成果が上がらなかったことも3兄弟同盟の結成とその攻勢に関係があると言われている。

 2021年2月のクーデター以降,対外貿易に欧米からの制裁が加わったビルマにとっては,中国とのシャン州北部の陸路貿易は,経済権益上譲れない地域でもあった。しかし,2023年10月27日の3兄弟同盟成立以降,ビルマ軍は敗走を続け,2024年1月4日に3兄弟同盟による攻勢に抗しきれず,国境における重要都市ラオカイが3兄弟同盟軍によって陥落した。国軍とその家族約4000人(6割は兵士)が投降し,武装解除され,ラショーに送られた。

 ラオカイは漢民族系のコーカン族の中心都市であったが,2009年ミンアウンフラインに率いられたタットマドーによって制圧され,その功績がミンアウンフラインの最高司令官への昇任人事に大きく与ったとされる。ラオカイはミンアウンフラインにとって因縁の都市であり,ここでの敗北はタットマドーにとっても大きな意味を持っている。

 2023年秋からの3兄弟同盟の総攻撃は,他の少数民族にも大きな影響を与えている。カヤー州では,「カレンニー国民防衛隊(KNDF)」が2年前に組織されたが,2023年11月11日に1027作戦に呼応するように1111作戦を宣言し,タットマドーに対し攻勢を強めた。カヤー州はすでに独立を宣言し,反軍勢力が州の80%を支配し,タットマドーの残された大きな拠点は2か所,一つは首都ロイコーの刑務所とタイ国境のメーホンソーンのビルマ軍拠点だけであると伝えられている。また,シャン民族は,シャン州進歩党=シャン州北軍(SSPP)とシャン州復興評議会=シャン州南軍(RCSS)に分かれ長らく反目しあっていたが,2023年11月29日に統一戦線の発足を宣言した。このように,3兄弟同盟結成後,各少数民族はタットマドーに対する軍事攻勢を強めている。

 NLDのアウンサンスーチーのような大物幹部は,2021年2月のクーデターで捕えられたが,多くの議員が脱出に成功した。彼らは並行政権であるNUGを樹立し国連の議席維持や政権の正統性を多くの国に認めさせることに成功した。さらにNUGは軍事的にクーデター政権に対峙する軍事勢力PDFを設立し武装闘争を展開している。従来の軍事政権はビルマ族が大規模にビルマ国軍に軍事的に対峙することはなかったが,2021年2月の軍事クーデター以後は状況が一変し,PDFは少数民族勢力と連携し武装闘争を展開している。ビルマ族の多くの官僚,技師,医療関係者などのテクノクラートが軍事政権に協力しない立場を明確にし,少数民族勢力圏や外国に亡命して,軍事政権への協力を拒否していることも,軍事政権が政権を維持することに対する困難な状況を創りあげている。NUGと少数民族の共闘,ビルマ族と少数民族の共闘が従来にない危機的状況を軍事政権側にもたらしている。

 ビルマ情勢は筆者の専門分野外の投稿になるが,私がタイに留学していた40年前と異なり,タイの学会では有能なビルマ研究者が育ってきている。タマサート大ドゥンヤパーク准教授やカセサート大ラリター准教授などは的確な分析を我々に伝えてくれる。タイのマスコミ報道は少数民族やNUGに一貫して好意的な報道を続けており,タイ政府がクーデター政府に対して友好的に配慮し続けた態度とは一線を画している。ミンアウンフラインはタイのネットワークモナーキー論の中枢に坐していたプレーム前枢密院議長の義理の息子であり,タイ軍とビルマ軍の親密さを垣間見ることができる。軍部の関係とは異なり,タイ国民は,自国の民主主義の発展への思いをビルマ情勢に反映させているようにもみられる。ビルマに関する報道にはタイの人々の民主主義に対する熱い思いが感じられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3278.html)

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