世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
タイの金行
(神奈川大学 名誉教授)
2024.06.17
今回は上院議員選挙が混乱し,原稿の期限までには終わりそうもないので,これまで述べてきたタイ政治の話を離れ,タイの人々と金についての雑談を書くことにしたい。
日本人にとっても高価な金であるが,ドル換算の一人当たりの所得で日本の四分の一であるタイ人にとって金は日本人以上に富を象徴し,絶大な価値をもっている。タイにおいては,新郎の側が新婦の両親への育ててくれた返礼として贈るシンソードと呼ばれる結納金のようなものには,現金と一緒に金が贈られることが多い。資産家同士の婚姻ではその額も何千万円にもなることがマスコミで伝えられる。金はタイ人にとって富の象徴であり蓄財手段でもある。そのためちょっとした都市には金行と呼ばれる金を販売する店が営業している。金は生活に密着した資産であり,生活に困ったときには手持ちの金を売却あるいは質草にし,生活を支えることも多い。
昨今金価格は史上最高値を更新し円安も与って,資産保全として金による蓄財が日本でも話題になっている。日本円換算では1グラムの金価格は現在1万3000円程度である(2024年6月)。2000年前後には1000円前後であったことを考えれば優れた資産保全機能を果たしたことがわかる。
世界の金は採掘可能な埋蔵量の70%は掘られたといわれている。今後技術革新が進み,海水中に微量に溶けている海水から金を採取できれば別の話になるが,当分実現しそうにない。人類がこれまで採掘した金の累計産出量は17から19万トンとみつもられており,平均で一人当たり22グラム強を所有していることになる。現在の金の年間産出量は3000トン強であり,今では中国,ロシア,オーストラリアの産出量が多く,カナダやアメリカがそれに続いている。ちなみに上位の国々は毎年300トン以上の金を生産しているが,現在の日本は菱刈金山のみで採掘されており,年間の生産高は約6トンが生産されているにすぎない。タイも今はあまり有力な金鉱山は存在しない。タイの金需要の多くは輸入に頼っている。
日本では純度99.99%の金が売買されるのが一般的であるが,ニューヨークでは,99.9%か99.5%,ロンドンでは99.5%の金が取引される。タイの金行の金の純度は96.5%であり,地域によって取引される金の品位もさまざまである。
タイの中華街はヤワラートと呼ばれ,昔は経済の中心であったが,バンコクの拡大で現在は金融の中心とは言えないが,現在でも活発な経済活動が営まれている地域である。他の中華街と異なり,中国語が通用しにくいとよく言われる。タイでは中国系の同化が進んだ証拠でもある。バンコクの金行はこの地域に集中している。
今から,40年前,私がタマサート大に留学していた時期に,懇意にしていた友人にレックさんという中国系タイ人がいた。知り合ったのはスキューバダイビング教室で,シミラン島など南タイのダイビングスポットに一緒に行ったことを思い出す。彼の当時の生業は金や銀の品位がはっきりしない地金の買い付けであった。両親の料理店の一角で金の買い付けをしていた。金製品の純度を調べて現金で買い付ける商売であった。よく彼の店で酒を飲みながら,タイの政治や経済や将来何か一緒に商売できないかなど話すことが,様々なタイ人の本音を知る機会となった。バンコクの中国系タイ人がどのようにタイ社会を見ているか,王室の微妙な話など,普通だと知ることのできないタイ実社会の裏話を教えてもらった。3年ばかりの交遊で中国系の人が一度友人となると,自分に不利益があってもその友情を守り通す信義の厚さを実感する機会にも恵まれた。残念なことに,ある事情があって彼は自殺したのだが,本音で語りあえる数少ない友人であった。金の話を書こうと思って,バンコクでの学生時代の友人関係を思い出して少し感傷的になってしまった。
話をタイ現代社会と金に戻そう。2014年にクーデターで政権を奪ったプラユット軍事独裁政権における,おそらく唯一評価できる経済政策は,固定資産税と相続税を導入したことであった。タイは貧富の格差が大きいことで知られるが,既得権層の抵抗が大きく,なかなかこれらの税は導入されなかった。相続税税率は一律5%で控除額が2000万バーツ(約8000万円),固定資産税の税率は0.3%で自宅では5000万バーツ(2億円)まで控除され課税されない。課税対象はごく少数者に限られ,税収はあまり期待できないであろう。今回取り上げている金はいくつかの蓄財品目と同様に相続税の課税対象から外された。資産を金地金に変えることで節税も可能になる。また,金地金は日本の消費税にあたる付加価値税(VAT)がかからない。密輸の問題があるにせよ,富裕層優遇といわれても仕方がないであろう。
最近の金の価格の上昇は何かを暗示しているように思える。金はドル資産であるので,米国の金利が高止まりしていると金利のつかない金は逆相関で下落するのが本筋である。しかし,逆行高を演じている。中国をはじめとする各国中銀の金購入をみると,米ドル基軸体制に対するある意味での不信を反映しているようである。金はその価値を今後も保ち続けるのであろうか。興味は尽きない。
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