世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3253
世界経済評論IMPACT No.3253

中国からの撤退“It’s Moving Time”:台湾企業対中戦略の変化

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.01.15

 改革開放政策以降,中国経済は3つの段階を歩んだ。すなわち,(1)鄧小平の「先富論」が代表するように,「一部の条件が良い人間が裕福になる」から(2)中産階級の小康社会に移行,そして最近では(3)「共同富裕」の名の下,「第3次分配」と称し,大企業や富裕層に国の軍事,老人向け基金の慈善基金などに寄付することが求められるようなった。特に多くの財を儲ける大企業には,政府の監査が入ることをほのめかし,自発的に寄付することを強要するようになった。

 それまで寄付行為は「不規範」(任意)であったが,この「第3次分配」により「規範」(強制)になった。専門プロジェクトチームを設け,1000億人民元以上の銀行貯金を持つ特定の富裕層をターゲットに,寄付の支払いを要請する。また,納税証明書を提出しないと,富裕層は国外へ出国ができないとされた(「ゼロコロナ政策」により移動の制限が全国民に課されたため,今後,富裕層に対してどの程度,徹底して実施されるかは不明である)。

 そのほかに,2023年7月1日に「反スパイ法」の取締り強化が実施され,恣意的に外国人を逮捕することができ,対中国投資のリスクが高まるようになった。同法では外国人だけでなく,中国人も取締りによる逮捕・拘束の対象になる。

 日本政府は外務省が作成している「安全の手引き」に基づいて注意を呼びかけている。同手引きでは,「どのような行為がスパイ行為として取り調べや拘束,刑罰の対象となるかが明らかにされておらず,また,これらの法律の内容が当局によって,不透明かつ予見不可能な形で解釈される可能性もある」と指摘し,軍事施設や国境管理の施設などを撮影したり,許可をえないまま宗教活動を行ったりすると,拘束される可能性があると指摘している。

 またこれまで北京の故宮,万里長城や上海から蘇州,杭州など人気の観光スポットは,日本の旅行会社の目玉商品であったが,新型コロナによる影響も相まって,最近ではツアー募集自体がパンフレットから消されることも増えている。

中国からの撤退の時

 米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は,スコット・ケネディ(Scott Kennedy)執筆の『(中国からの)撤退の時:米中緊張下の成長に対応する台湾のビジネス(It’s Moving Time: Taiwanese Business Responds to Growing U.S.-China Tension)』(2022年10月掲載)をタイトルとするレポートを発表した。CSISの中国専門家であるケネディ氏は,525名の台湾企業の上層部にアンケート調査を行った。調査期間は2022年7月25日~8月1日である。レポートは,台湾企業が記録的な水準で中国から撤退している現状を明らかにしている。このレポートは,2023年7月の「反スパイ法」強化バージョンの発表前に行った調査のため,これによるリスクを反映していないが,その後の影響は更に拡大すると察知できる。

 調査対象の台湾企業は中国市場への参入が比較的古いもので,その約4分の1の25.7%が中国から「既に撤退した」と回答している。また,残りの33.2%は「移転考慮中」としている。「移転しない」との回答も31.1%ある。また,3.3%は「分からない」,あるいは6.6%が調査内容に「該当しない」と回答している。既に撤退した企業(25.7%)と移転考慮中の企業(33.2%)を加えると58.9%の企業が中国市場へ何らかの懸念を有していることが見て取れる。

 中国からの撤退事由に関連し,「台湾は中国への経済依存を減少させる必要があるか」との設問に「既に撤退した企業」の89.4%が,「移転考慮中の企業」では82.7%が,「移転しない企業」では65.1%が「減少させるべき」と回答した。中国経済に対する依存を減少させることが転出の一つの要因と見て取れる。

 次に台湾の中国への輸出と投資について,「東南アジア諸国とインドはこれを代替することができるか」との設問では,「既に撤退した企業」で83.5%,「移転考慮中の企業」で70.0%,「移転しない企業」で41.8%が「代替できる」と回答した。

 さらに,「今後5年の内に米中は軍事的衝突をするか」との設問に対して,「既に撤退した企業」は60.0%が,「移転考慮中の企業」は38.2%が,「移転しない企業」は24.3%が「軍事衝突が起こる」と回答した。

また,「台湾の新型コロナ対策に満足するか」との設問に対しては,「既に撤退した企業」の64.7%,「移転考慮中の企業」の43.6%,「移転しない企業」の25.2%が「満足している」と回答した。

 台湾の国別対外直接投資額の順位の変化を見ると,2010年では1位が中国(83.8%),2位は同位で韓国と東南アジア(6.3%),その他(3.6%)となった。これに対し,2016年の1位の中国は44.4%,2位の日本は20.7%,3位の東南アジアは10.7%,その他24.2%である。さらに2021年になると,1位の中国は31.8%,2位の東南アジアは30.6%,3位の日本は12.0%,その他25.6%となり,対中投資の減少が顕著であることがわかる。

 中国からの移転先に関する設問については,1位が「東南アジア」(123社,37.4%),2位が「台湾」(100社,30.4%),3位が「北東アジア(日本,韓国)」(38社,11.6%),4位が同位で「南アジア・中央アジア」と「北米」(20社,6.1%),8位が「オセアニア(オーストラリアとニュージーランド)」(14社,4.2%),7位が「欧州」(7社,2.1%),8位が「アフリカ」(4社,1.2%),9位が「ラテンアメリカ」(3社,0.9%)であった。ちなみに,台湾政府の公式統計によると,既に1478社の高付加価値生産の台湾企業が台湾に移転し,2兆台湾ドルの資金が台湾に戻ったという。

 台湾の投資審議委員会の統計データによると,台湾企業の対中の投資額(香港を含まない)は,2010年最高額の146億ドルに達したあと漸減し,2021年には59億ドルと半減した。前述のCSISの台湾の国別対外投資アンケートからも分かるように,2010年の対中投資の比率は83.8%であるが,2021年にはわずか31.8%と大幅に減少したことがわかる。

 2021年8月,習近平国家主席が「共同富裕」をスローガンに掲げ,2022年の中国共産党第20次全国代表大会(20大)以降,「激進左傾路線(左派急進路線)」に向かうようになった。習近平政権は開放路線(経済重視)を歩むのか,それとも閉鎖路線(イデオロギー重視の政治路線)を歩むのか。言い換えれば,鄧小平の改革開放路線を選択するのか,それとも毛沢東の鎖国路線を選択するのか。この数年間の観察の結果,どうやら後者を選ぶように見受けられる。政策はより鎖国的で,「国進民退」,内需は外需より重視など「中国経済ナショナリズム」のシグナルがより鮮明になった。外資をより多く導入すると中国社会はより開放的になるが,共産党の政治的安定に害を及ぼすと考えられている。当然,習政権は台湾企業や外資系企業に対し,さらに厳しい措置を要求するようになる。

 近年,台湾企業の中国からの撤退は「炭鉱のカナリア(Like a canary in a coal mine)」と呼ばれ注目されている。「炭鉱のカナリア」とは,石炭を採掘する炭鉱夫が炭鉱に入る際に,カナリアを鳥かごに入れて連れて行った歴史に由来している。炭鉱において発生するメタンガスや一酸化炭素などの毒ガスを検知するための目的で,カナリアが用いられたわけだが,中国のリスクを台湾企業は一早く察知しているとの例えだ。中国における外資系企業の撤退は,バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)の「グローバル投資戦略(Global Investment Strategy)」のデータからも見られる。世界で流動する外国直接投資(FDI)の2023年第3四半期に投資家が中国から引き揚げた資金は120億ドルに達し,同統計を取り始めた2000年来,初めての流出超過となった。

 2023年初め,外国人投資家の中国経済に対する期待は非常に高く,コロナ禍以降の中国経済は急速に回復すると期待されていた。しかし,この期待は結実することは無かった。バンク・オブ・アメリカのアナリストによると,中国経済は不動産の低迷,デベロッパー(恒大集団,碧桂園など)の債務悪化・倒産,地方政府の重い債務負担,少子高齢化社会による労働人口の減少,都市部の16歳から24歳までの失業率の上昇(20%超),国内外需要の減少によるデフレスパイラルなどによる課題に直面している。過去において,外資系企業は中国で稼いだ利益の多くを中国にキープし,再投資を行っていたが,資金の純流出は中国リスクがチャンスよりも高まったことを意味する。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3253.html)

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